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九州大学箱崎キャンパス -- 歴史的建造物を巡りました。2015-03-03

九州大学は、1949年(昭和24年)に旧制九州大学等を包括して設置された国立大学です。
賛生館を起源とする九州帝国大学を直接の母体としています。
よって、九州大学では創立年を賛生館の設立した1867年(慶応3年)、
大学設置年を九州帝国大学として独立設置された1911年(明治44年)としている。

九州大学箱崎キャンパス 正門

                       正門と正門門衛所
                        正門門衛所        煉瓦造(大正3年建築)

旧応力研生産研本館(法文学部本館)    
鉄筋コンクリート造、一部鉄骨鉄筋コンクリート造(大正14年建築)


旧文学部心理学教室     鉄筋コンクリート造(昭和2年建築)

保存図書館(法文学部図書館及び書庫)    鉄筋コンクリート造(大正14年建築)

                        本部第三庁舎     煉瓦造(大正14年建築)

本部第一庁舎(仮実験室研究室)   煉瓦造(大正14年建築)  

工学部本館        鉄筋コンクリート造、一部鉄骨鉄筋コンクリート造(昭和5年建築)

地蔵の森(工学部創立75周年記念庭園)

                        創立五十周年記念講堂     鉄筋コンクリート造(昭和42年建築)

原子核実験室     鉄筋コンクリート造(昭和19年建築)
量子線照射分析実験施設

超伝導システム科学研究センター     鉄筋コンクリート造(昭和6年建築)

道路工学実験室(河海工学実験室)     鉄筋コンクリート造(大正14年建築)

松原厚生施設     木造(昭和3年建築)

                        第三学生集会所(三畏閣)     木造(昭和12年建築)

松原門から東を望む




箱崎キャンパスの跡地利用に関して「箱崎キャンパス跡地利用協議会」が設置され、
大学と福岡市で協議しているらしいです。民間の提案募集もあっています。

箱崎キャンパス内には、大正~昭和初期に建てられた歴史的価値の高い近代建築物が
多数残っており、その保存・活用を望みます。
さらに、この地区には、地下に箱崎遺跡や元寇防塁跡などが眠っており、遺構が出土する可能性もあるでしょうね。


農学部方面は、次回ゆっくり巡ります。

今村カトリック教会 - 三井郡大刀洗町2015-03-04

                                                                                 ※写真は click! で拡大されます。
こんな所に、しかも住宅地の間に重厚でみごとな煉瓦造りの教会があるとはびっくりです。
教徒ではありませんが、祈りをささげたくなるようなすばらしい空間です。



                           正面

左側面 (南側)。 拝観はこちらから入ります。聖堂内は撮影禁止です。
ステンドグラスの美しさは見事です。ぜひ、拝観できる時間に訪ねてみてください。


                           右側面 (北側)。
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2つの塔を持つロマネスク様式赤煉瓦造り。国内に残るレンガ造りの教会として貴重。1867(慶応3)年、浦上の信徒により今村の潜伏信徒がこの今村地区で発見され、浦上の信徒とひそかに交流を保ちながら信仰を守り通した。カトリックの正教に復帰するとともに、1908(明治41)年に本田保(ほんだたもつ)神父により計画され、諸外国、特にドイツからの寄付、信徒たちの労働奉仕のうえ、聖堂の建築に着工して1913(大正2)年に完成させた。ステンドグラスとキリスト受難の14枚の聖絵はフランス製、柱は高良山(こうらさん)の杉、レンガは特注もの…と、見応えある美しい造りである。                                                             (福岡県観光連盟HPより)
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最初の聖堂が建てられたのは1881年(明治14年)で、1887年(明治20年)に増築されている。
福岡県指定有形文化財に指定されている。

                           本田保の像

今村カトリック教会
住所:    福岡県三井郡大刀洗町今707
拝観:    9:00~17:00(土曜9:00~14:00/15:30~17:00)
            月曜日、その他教会行事(ミサや典礼など)の時間帯は内部拝観不可


                           献金のうえ頂いたパンプです。

「たのしまる」と河童 - 久留米市田主丸町2015-03-05

嫁の趣味で、クリスマスローズを見に、サンセットヒル ガーデンを訪れました。

                   ハウスの中に、いろんな種類のクリスマスローズが・・・

                                                   クリスマスローズ

私は、花より河童。ということで町を散策しました。
田主丸町は"河童発祥の地"だそうです。

JR田主丸駅の駅舎は田主丸ふるさと会館になっており、2階が河童資料館になっている。

楽太郎河童。 楽しく生きる・・・「たのしまる」・・・田主丸。

お迎え河童。JRの駅のホームであぐらを組んでお出迎え。


                          会社の前にも、門柱のように両側に河童が・・・

                         カッパロードと呼ばれています。

田口長衛門河童遭遇の碑。巨瀬川にかかる中央橋のところに。
橋の欄干の上側にも河童が・・・

                         河童のへそ本舗 あけぼのや。和菓子やさんです。
                        
                     「河童のへそ」  上品な甘さでゴマの風味がきいたおまんじゅうです。

中央商店街に平行に流れるひばり川。この川沿いも河童がいっぱい。
どの河童もとても個性的です。  "かっぱ巡りMap"に説明がありました。

                           28河童。 昭和28年の大水害のときに作られたそうです。

                          祈り河童。この河童の祈りで町が守られているのですかね。

                 灯火河童。 ナマズに乗った子河童が灯火で未来を明るく照らしてくれます。

                          和くら野河童。とても酒の好きな河童で、いつも土瓶片手でほろ酔い。
                          すぐ横に、若竹屋酒造場があります。

                          屁こぎ河童。どんなに苦しくても、"屁のかっぱ"。


田主丸の河童伝説を調べていたら、素敵なHPに出会いました。
                          田主丸のこと、河童のこと詳しく説明があります。
うきは・吉井・たぬしまる・久留米市耳納北麓地区・観光ボランティアガイド - 「みのうの豆本」
http://www.snk.or.jp/cda/mame/index.html
みのうの豆本--たぬしまる--河童の里田主丸
                                        九千坊物語
                                        田主丸の河童伝説

田主丸には、「河童等特別水棲生物に関する保護条例」とか、「特別妖怪保護条例」があるそうです。遊び心たくさんの田主丸町ですね。

菊池丹後入道は戦さに明け暮れたある日立ち寄ったのがこの地です。
心身を整えようとしてこの地で過ごしているうちに
      人生を楽しく生まれかわっていこう
と決意し、この土地を "たのしまる"と名付け街筋を拓いていったそうです。

月読神社をはじめ、たくさんの神社があります。
たくさんの果物、たくさんの植木屋さん・園芸屋さんがあります。
また、ゆっくり訪れたいとおもいます。

福岡市西区今津 - 今津地区元寇防塁 と 蒙古塚2015-03-07

                                                                                   ※写真は click! で拡大されます。

元寇防塁(今津地区)


この松原のなかにある玄武岩が防塁跡、砂に埋没した遺跡を掘り出し復元されています。

現在松原の中に約200mが復元整備され見学ができます。
今日は、たまたまJRウォーキングのおかげで柵の中から撮ることが出来ました。
右の土の部分が、昔は砂浜で、高さ2.5~ 3mほどあったらしいです。
先の方で、石垣が少ないところがあります。
地元の人が持ち帰って使っていたとの話もあります。
ひょっとしたら、福岡城に使われていたかも???


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 文永11年(l274)蒙古の襲来を受けた鎌倉幕府は、建治2年(1276)に博多湾の海岸線に石築地(いしついじ)を築いて再度の来襲に備えることにした。これを元寇防塁(げんこうぼうるい)と呼ぶ。
 今津地区の元寇防塁は、西の柑子岳山麓から東の毘沙門山山麓までの海岸砂丘上に、約3kmにわたって続く。大正2年にこのうちの2ヶ所が、昭和43年に本格的な発掘調査が行われた。
 防塁は、砂丘の海に向かった傾斜面に、高さ3m、上の幅2m、下の幅3mの台形状に石を積み、内部の隙間には砂を入れた構造であった。構築に際して粘土は一切使用されていない。防塁の石材は西側が柑子岳に産する花崗岩、東側が毘沙門山に産する玄武岩が多く、中央部は玄武岩と花崗岩が交互に連続して続いている。今津地区の防塁築造を担当した日向国、大隅国の違い、またふたつの国内での担当者の所領(領地の広さ)に応じて築いた工事区間の長さを反映しているものであろう。
 また今津には千人塚、万人塚と呼ばれる二つの蒙古塚もあるが、大正時代に行われた発掘調査の結果では、元寇に関係した遺跡であることを示す資料は得られなかった。  
                                                                         (福岡市経済観光文化局HPより)
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                                         長浜海岸の多目的広場より、毘沙門山を望む。

長浜海岸の多目的広場より、標高254mの柑子岳を望む。





蒙古塚





ちょっと長くなりますが
司馬遼太郎さんの「街道をゆく 11」で、須田画伯と、編集部Hさんとの旅の途中、
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機上で地図を見ているうちに、博多湾を抱いている寸足らずの半島(糸島半島)に「蒙古塚」という小さな活字が入っているのを知った。
「とりあえず、ここへ行きましょう」
<中略>
江戸期には、福岡から唐津までの国道202号線を「唐津街道」とよんでいた。われわれはこの旅の第一日をその街道を経て唐津までゆくことですごすつもりでいるが、地図によれば「蒙古塚」というのは街道沿いの今宿から右へ入って10キロも行けば所在するらしく、大した寄り道にならない。
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               で、司馬さん一行は、今宿で右折し、北に向かい国道202号線と離れ、
               今津あたりでゴム長をはいた自転車を押す池先生と遭遇する。

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「ちょっとおうかがいしますが」 この辺に蒙古塚というのがありますか、と聞くと、
池先生は当惑したような表情を作って、即答されなかった。やがて
「あるにはありますが」
と、語尾を濁された。あとでわかったことだが、池先生自身、それが元軍の死者の塚であるかどうか、うたがわしいと思っておられるために、ついこの表情になったらしい。
「土地では灰掻山とよんでいます」 訪ねる人もないという。
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野の花学園の中に塚があるとの記述もありました。
地元のことでもあり、印象に残った一節でした。やっと自分の足で確かめることが出来ました。


元寇殲滅之處
野の花学園の東200mほどのところ(登志神社の裏手)に丘があり、その頂上に「元寇殲滅之處」と大書した石塔が建っている。大正4年の建立。


福岡市西区今津 - 誓願寺・登志神社・勝福寺・四所神社2015-03-08

登志山 誓願寺大泉坊(せいがんじだいせんぼう)
真言宗仁和寺派で、山号は登志山と号する。
臨済禅を日本に伝えた人物として著名な栄西と当寺との関係は深く、当寺の建立頃は当寺を活動の拠点とし、2度目の渡宋を果たす文治3年(1187)まで誓願寺に滞在した。
栄西自筆の盂蘭盆縁起は国宝に指定されている。
仁王像


白山大権現社


本堂
国宝に指定されている栄西自筆の盂蘭盆縁起のレプリカ。

実物展示のお知らせがありました。







登志神社(としじんじゃ)
今津は,古代,登志郷(としのごう)と呼ばれており,港には中国の船が多数寄港していました。古い地名が残る此神社は,登志の港鎮守(みなとちんじゅ)のために祀(まつ)られました。
祭 神
    豊受姫大神,中筒男命,姫大神
境内神社
    陰若神社 息長帯姫命
    稲荷神社 倉稲魂神 宇賀竜神 大己貴神
    志賀神社 表津綿津見神,中津綿津見神,底津綿津見神
    五十猛神社 五十猛神







                 境内神社 、 庚申塚



龍起山 勝福寺(しょうふくじ)



長い風雪にさらされて、年代を経たかなり朽ちた古い中門。


本堂左手には、[天然記念物勝福寺幡龍松]の石碑。
樹齢700年の大松で、 枝が二十数メートルにも及ぶ見事な松があったということです。



四所神社




御祭神
                               天照皇太神,住吉大神,八幡大神,春日大神






福岡市西区今津
糸島半島の東に、能古島と対峙する毘沙門山(177m)があります。
毘沙門山の麓に、たくさんの神社・仏閣、それに元寇防塁跡など見どころたくさんです。
今津運動公園を起点に散策するのもいいですね。