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石井樋公園(さが水ものがたり館) -- 佐賀市大和町2016-11-06

我が家の近くに、那珂川の中流域に設けられた老司井堰、左岸に石井樋があります。
老司川の取水施設で現在も水量調整用として機能しています。

※資料より-
老司と佐賀市の石井樋の構造は共通する技術が伺えます。福岡城には肥前掘があり肥前の関係者(石工等)が筑前・肥前街道(神埼街道)の那珂川町・老司を通って行き来していた事実もあり、何らかの関係性はあると考えられます。

との記事を見て、佐賀を訪れました。








資料から記載
石井樋という名称は本来、石でできた樋門という意味で、多布施川入口の3つの樋門を指すが、いつの頃からか、その呼び方が施設全体の総称となった。
1.石井樋の構造と特徴
大井手堰で嘉瀬川の水を堰き止め、象の鼻・天狗の鼻という施設で造られた導水路で水を一旦逆流させて井樋の方に導き、ノコシという堰で水を堰き止め、井樋を通って多布施川に水を流す。ノコシを越えた水は、更に二ノ井手で堰止められ、岸川作水という水路に流れ、二ノ井手を越えた水は余水として水路を通って嘉瀬川に戻る。特に工夫をこらし、石井樋の特徴になっているのは象の鼻・天狗の鼻で造られた導水路で、この部分を使って一旦、水を逆流させることによって水の勢いを緩め、緩めることで水の中に含まれた砂を下に落として、きれいな水だけを下流に送るようにしていることである。




















石井樋の水の流れを復元、整備した公園
石井樋とは、成富兵庫茂安の指導により、元和年間(1615~1623)に造られた取水施設のことで、佐賀城下の生活用水と農業用水として利用されました。園内には、大井手堰、象の鼻、天狗の鼻などがあり、石積みも数多く残っています。「さが水ものがたり館」では、成富兵庫茂安の業績や佐賀平野と水などについて、ジオラマや映像で紹介しています。






福岡市南区老司 - 老松神社・老司地禄天神社・老司堰     2015-03-
    http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/03/26/7597936   


福岡県筑紫郡那珂川町山田 - 裂田の溝(さくたのうなで)- 古代の人口水路     2015-01-27
    http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/01/27/7556362

沖津宮遥拝所 -- 宗像市大島2016-10-15




澳嶋遥拝所の石碑




沖津宮遥拝所
沖ノ島への立ち入りは原則禁じられているため、普段参拝することができません。そのため、大島の北側の海辺、遠く沖ノ島(沖津宮)を望める場所に沖津宮遙拝所が設けられ、ここから沖ノ島を遥拝する伝統が生まれました。遥拝とは文字通り「遥か遠くから参拝する」という意味です。遙拝所は、沖ノ島をご神体を拝する拝殿の役割を果たしているのです。

よく晴れて、空気の澄みきった日に訪れると、水平線上に浮かぶ沖ノ島を遥拝することができます。











                           沖津宮遥拝所、御獄山展望台でも、沖ノ島は見えませんでしたが、
                           神埼灯台(大島灯台)裏から、なんとか拝めました。

宗像大社中津宮 -- 宗像市大島2016-10-15


神湊と大島を結ぶ「フェリーおおしま」で、25分。

                                      主要な見どころを歩いて回りました。

                                                         フェリーターミナルからすぐの、中津宮へ。



宗像大社中津宮
宗像大社中津宮は、沖津宮・辺津宮とともに宗像大社を構成する3つの宮の一つで、宗像市神湊から11㎞離れた福岡県最大の島である大島にあります。

古代、沖ノ島で祭祀(露天祭祀)が行われている頃、信仰の場として大島で最も高い山である御嶽山山頂でも祭祀が行われるようになりました。その証拠である御嶽山祭祀遺跡が現在も良好に保存されています。その後、御嶽山の麓に社殿が築かれます。山頂の祭祀遺跡と麓の社殿は参道によってつながれ、一体的な信仰の場を形成しています。「中津宮」という言葉は、社殿だけではなく、参道や祭祀遺跡などを含む境内全体を指します。
「宗像・沖ノ島と関連遺産群」世界遺産推進会議 HPより引用








                           神門



                           拝殿・本殿

                          
                           秋季大祭の日で、朝から準備をされてました。




                           神門より、参道-鳥居-海を望む。



                           境内左を抜けて、「御嶽山」の登り口へ向かいました。


宗像・大島散策のつづきは  ↓  ↓

御嶽山 御嶽神社・御獄山展望台 -- 宗像市大島     2016-10-15
             http://kaz1001.asablo.jp/blog/2016/10/15/8230307

沖津宮遥拝所 -- 宗像市大島     2016-10-15    
             http://kaz1001.asablo.jp/blog/2016/10/15/8230346

風車展望台・砲台跡、大島灯台(神埼灯台)、かんす海水浴場・夢の小夜島 --
                                                                     宗像市大島     2016-10-15
             http://kaz1001.asablo.jp/blog/2016/10/15/8230375


旧唐津銀行 - 佐賀県唐津市2016-10-11



















名称:旧唐津銀行
所在地:佐賀県唐津市本町1513-15
竣工:1912年(明治45年)
設計監修:辰野金吾(唐津市出身)
設計者:田中実(辰野金吾の愛弟子、清水組技師)
敷地面積:1,431.73㎡
延床面積:906.99㎡
階数・高さ:地上2階、塔屋、地下1階
建築構造:煉瓦造り
用途:2F:展示施設
    1F:多目的ホール、休憩スペース
    B1F:レストラン唐津迎賓館
営業時間:午前9時~午後6時
休館日:12月29日~12月31日
施設観覧料:無料
展示施設観覧料:常設展示:無料

明治45年(1912年)に竣工した旧唐津銀行本店。
その誕生は、東京駅を生んだ唐津出身の建築家「辰野金吾」が、唐津近代産業の牽引役であった藩校の同級生「大島小太郎」より依頼を受けたことから始まる。建築家として最盛期を迎えていた辰野は、永年の夢であった国家プロジェクト「東京駅」設計工事の真っ只中であったため、唐津銀行の設計を愛弟子の「田中実」に委ねた。田中は、師匠の故郷であることに配慮し、建築全体のデザインには典型的な「辰野式」を採用するとともに、「建築家田中実」として赤レンガ調タイル等を用いた独自のデザインを取り入れた。まさに、辰野と田中の師弟愛から生まれた共作であった。

竣工当時、辰野金吾57歳、田中実27歳。
日本初の建築家として夢へ挑み続け、その生きざまを郷土へ遺すことを最愛の弟子に託した辰野。師匠の故郷を前に、崇高な使命感と強い意志で臨んだ田中。おのおのの情熱から、旧唐津銀行の美しい建築が生まれたのだ。先人たちの熱き精神と、人間物語を知らずして、もはや唐津は語れない。
(唐津市観光課 HP より)

銀行としての営業は平成9年まで続き、平成10年に唐津市に寄贈されています。


井樋橋( いびばし)が地震で無くなっていました。2016-08-28


                           2014年に訪れた時の井樋橋

宇土方面より熊本へ向かう途中、3号線より井樋橋があった方をのぞくと景色が違いました。
あわてて、Uターン。 地震で倒壊したそうです。
貴重な文化財がなくなりました。残念!!
潮の満ち引きだけで自動開閉する潮止め堰が400年も前に農地開拓用に造られていました。
現役の防潮樋門として使用されていましたので、新しい樋門ができていました。
たくさんの馬門石が使われていましたが撤去されているみたいです。






以前訪れた時の井樋橋です
       ↓
井樋橋( いびばし) 熊本市富合町     2014-10-27
      http://kaz1001.asablo.jp/blog/2014/10/27/7474959