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朝倉の揚水車群「三連水車」、堀川用水 -- 福岡県朝倉市2018-06-19

6月16日、三連水車が明日から稼動ということで、動いてない水車を撮りに行きました。
菱野の「三連水車」・三島の「二連水車」・久重の「二連水車」
日本最古の実働する水車として全国的にも有名です。
地元の職人によって水車は5年ごとに作り替えられ、その技術を継承されています。

朝倉の揚水車群は、例年6月17日から10月中旬まで水稲作付期間、稼働する様子を見ることができます。


菱野の「三連水車」

三島の「二連水車」

久重の「二連水車」


羽根板と柄杓に新しい竹栓を打ち込んで水車に固定されています。



                  菱野の「三連水車」

                  三島の「二連水車」

                  久重の「二連水車」







 朝倉の揚水車群は、6月17日に水神社で「山田堰通水式」が行われ、稼働を開始します。
神事が行われ、水神社境内地下にある水門が開門し、15分ほどかけて約2km離れた水車群が動き出します。


切貫水門 - 筑後川から堀川用水への取水口(新しくなった管理塔の下)


堀川用水




菱野の「三連水車」--取水口から流れ込んだ水で水車が力強く回っています。






三島の「二連水車」






久重の「二連水車」



昨年7月の九州北部豪雨で甚大な被害を受けましたが、水車が勢いよくまわります。

朝倉の揚水車群は、例年6月17日から10月中旬まで水稲作付期間、稼働する様子を見ることができます。
平成2年には「堀川用水」とともに国の史跡に指定されています。



耳納連山に雲がかかっています。







ふるさと人物誌3  堀川の恩人 「古賀 百工」(こが ひゃっこう) - 朝倉市HP



筑後川 山田堰 -- 福岡県朝倉市山田161(水神社)2018-06-16

三連水車が明日から稼動ということで、動いてない稼動前の水車を撮りに行きました。
で、筑後川 山田堰をじっくり観てきました。




まずは、筑後川の概要から  (水土里ネット山田堰 より)
                                   
・流路延長                                               
143km(九州最大の河川)                                                       
・ 日本三大暴れ川の一つ                                       
坂東太郎・・・利根川324㎞                   
筑紫次郎・・・筑後川143㎞                                   
吉野三郎・・・吉野川194㎞                                                       
筑後川は熊本・大分・福岡・佐賀の四県にまたがる九州第一の河川で、東の板東太郎(利根川)、四国の四国三郎(吉野川)と並び、西の筑紫次郎の愛称で親しまれています。
筑後川は古くから、かんがい、舟運、発電などにより地域経済に寄与してきましたが、豪雨に見舞われると川はその様相を一変して暴れ狂い数々の災害をもたらしてきました。                                                                                       
・ 水源地                                               
熊本県阿蘇郡南小国町阿蘇山外輪山、瀬の本高原に源を発する。   
           
                          長者原ビジターセンター駐車場うらの「筑後川源流碑」

・ 筑後川の名称                                           
筑後川は時代によっては、千歳川・一夜川・筑間川(筑前の国と筑後の国の中間を流れていたことの由来)と呼ばれていましたが、1636年江戸幕府のとき筑後川に統一されました。                                                   
   
・筑後川四大井堰                                           
山田堰(1663年)有明海河口から約56km                           
袋野堰(1673年・1954年夜明けダムにより水没)                       
大石堰(1664年)                                           
恵利堰(床島堰)(1712年)       







































江戸の知恵 福岡・山田堰

山田堰は大小の石を水流に対して斜めに敷き詰めることで、筑後川の勢いを抑えつつ用水路に水を導く。日本で唯一の構造です。
1790年に完成、その後何度も補強工事が行われたが、全体の形や石はほぼ当時のままといわれています。
この山田堰の工法はペシャワール会によってアフガニスタン復興支援の灌漑用水モデルとして活用されています。
世界に誇る日本の技術は江戸時代からあったのです。

水土里ネット山田堰
http://yamadazeki.net/template_a-18-26







加藤清正公の治水も有名です。(天正17(1589)年には干拓に着手)
国内統治の要として白川の下井手堰、馬場楠井手、渡鹿堰(とろくぜき)をはじめ、菊池川の石塘による付け替え、緑川の鵜の瀬堰、球磨川の遙拝堰の四大河川の治水とかんがいを整備するとともに、有明海、不知火海の新地干拓を進めました。

馬場楠井手の鼻ぐり - 菊陽町:馬場楠井出の鼻ぐり公園     2014-10-28
    http://kaz1001.asablo.jp/blog/2014/10/28/7476166       
川尻の御蔵前船着場跡、御船手渡し跡 - 熊本市南区     2014-10-27
      http://kaz1001.asablo.jp/blog/2014/10/27/7474977       
熊本県玉名市横島町 - 旧玉名干拓施設、潮受堤防と末広開(旧)樋門群     2015-04-01
    http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/04/01/7602005
熊本県玉名市 - 高瀬船着場跡・俵ころがし - 菊池川の清正刎・石塘     2015-04-01
    http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/04/01/7601937


福岡県筑紫郡那珂川町山田 - 裂田の溝(さくたのうなで)- 古代の人口水路     2015-01-27
    http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/01/27/7556362


朝倉の三連水車は、次回。稼動した水車の画が撮れてから報告します。

天気は曇り、降水確率40%のなか、くじゅう登山。三俣山を一周。2018-05-29

長者原-雨ケ池-坊がつる・法華院温泉-北千里浜-すがもり小屋-硫黄山道路-長者原
天気は曇り、降水確率40%のなか、くじゅう登山。
福岡に帰って、反省会と称して一杯やりました。


この時期はいつもは、男池-ソババッケ-大戸越-平治岳ですが、今回はゆっくり三俣山を一周しました。ミヤマキリシマを遠目に楽しむ予定でしたが????。

9:50スタート。


こんな天気です。




いつもなら、平治岳がきれいに望めるのですが???




景色がのぞめませんので、案内板を。



法華院温泉で昼食です。




法華院温泉すぐ裏の砂防ダム。



しばらく岩場を登ります。




北千里浜






修復中のすがもり小屋。硫黄山も望めません。


少しでも天気がよくなれば????




硫黄山道路沿いの砂防ダム。


こんな注意書きが・・・・



長者原が見えてきました。








下山したころ、ちょっと視界がよくなったかんじ。




我が家のフェンスを修理!!②2018-05-06

鉄製のフェンスは、錆で疲労が浮いてきました。
で、目隠しもかねて木製フェンスを作成することにしました。

やっと、3間分完成です。


手前の2間は、2×4材で、桟の柱を通す穴をはつって、拝み合わせして
鉄製フェンスの支柱に、M6のネジで固定。

3間目からは、鉄製フェンスにボルト・ナット(M4、80mm)で締め付けています。
木材も半分ですみます。
いよいよ、玄関前に着工します。


姫井橋(ひめいばし)-- 熊本県菊池市旭志2018-04-15


姫井橋(ひめいばし)は菊池市旭志弁利(姫井地区)の県道329号にある
古いコンクリート製のアーチ橋です。

「わが国初のRC下路アーチ(メラン式)、本形式の橋梁としては国内で唯一大正期に完成」という事で、「平成18年度 土木学会選奨土木遺産」に 選定され、平成22年に国の登録有形文化財に登録されました。




架橋当時、馬車が渡ることができる橋が初めてできた、ということで「馬橋」の愛称で親しまれています。山から切り出された材木を長い状態のまま運搬することができるように、川に対して斜めに架けられています。