瑠璃光寺五重塔(香山公園) ― 山口県山口市香山町2026-03-05

「令和の大改修」が行われていた山口市の国宝・瑠璃光寺五重塔。
約2年ぶりに五重塔が姿を現した。「新築のように美しくなった」…
   梅の時期に見に行きました


日本三名塔のひとつに数えられる国宝 瑠璃光寺五重塔。
室町時代、長門・周防国(現在の山口県)の守護であった24代大内弘世が、京の都を模した街づくりを進めた山口の地で花開いた大内文化の最高傑作と言われています。














香山公園は、桜や梅など花の名所としても知られています。瑠璃光寺五重塔を飾る花々が、四季の移ろいを感じさせてくれます。

         曹洞宗保寧山 瑠璃光寺







                        大内弘世公之像



下の部分は一見したら普通のサルスベリなのですが、なんと木の途中から松が生えています。



うぐいす張りの石畳
手を叩くか強く足踏みをすると、うぐいすの鳴き声のような美しい音が返ってきます。「うぐいす張りの石畳」と呼ばれ親しまれています。
人為的に造られたものではありませんが、前方の石垣や石段等に反響して美しい音色を出すものと思われます。






萩藩主毛利家墓所(香山墓所)
萩市に所在する旧天樹院、大照院、東光寺毛利家墓所とともに長州藩36万石の藩主の墓地として、昭和56年に国の史跡に指定されました。墓所には13代毛利敬親と夫人、世子の元徳と夫人、その子元昭と夫人、さらに毛利本家歴代諸霊の墓の計7基と初代秀就の母周慶寺殿、そのほかの墓があります。 
長州藩13代藩主毛利敬親が萩から山口に居城を移して以降の長州藩主のお墓です。





ニューヨーク・タイムズ紙「2024年に行くべき52カ所」に「山口市」が選ばれ、瑠璃光寺五重塔が紹介されました!

川棚のクスの森 ― 山口県下関市豊浦町大字川棚2026-03-04

NHK-BSで放映された 「巨樹 神様の木に会う」を見て川棚のクスの森(山口下関)が突然に枯れ始め多くの葉が落ち枯死の危機に瀕した様子を見て心配していましたが、樹木医の方々下関市の関係者の皆様の力で、ふたたび新芽が出るようになり、再生の兆しが見え始めています。


「川棚のクスの森」 ― 天を覆いつくすように枝を広げる一本の樟(クス)の巨樹で、まるで森のように見えることから、こう呼ばれています。
樹齢は約1000年、目通り幹周り11.2m、樹高27m、枝張り東西58m、南北53m、葉の先端を結んだ下地面の外周(樹冠投影)は、約180メートルにに達する巨木です。



       大幹に結ばれる長さ14mの大しめ縄。
       豊作を願い地元の方々が年末に掛け替えを行っています。


平成29年頃(2017)から枯れた枝葉が目立つようになり、一度は大部分の葉が落ちてしまいましたが、数年前からふたたび新芽が出るようになり、再生の兆しが見え始めています。

平成29年(2017年)夏、突然に枯れ始め多くの葉が落ち枯死の危機に瀕しましたが、最近では幹から青葉が生い茂るようになり、再生への命の力強さを感じさせます。地中の根部分を保護するために柵で囲われ養生措置がとられています。

全盛期には、高さ27m、幹周り11.2mと山口県一の大きさを誇り、東西58m、南北53mに広がる枝張りの美しさは、西日本一ともいわれていたこの巨木ですが、平成29年(2017年)7月、急激に枯葉が目立つようになりました。
その後、全ての葉が落ちる枯損にまで至りましたが、下関市教育委員会が中心となって、文化庁、山口県、地元住民が連携し、幾度となく樹勢回復のための対策が進められ、現在では、復活に向けた「胴吹き」が始まっています。                    豊浦町観光協会









平成25年(2013年)3月には、駐車場・障がい者用駐車場(思いやり駐車場)・芝生広場・遊歩道などが整備され、一層見学しやすくなりました。
公園化するために土を盛り上げたことがきっかけで、周囲広く根を張るクスの根に酸素がいきわたらなくなったことが原因だそうです。周囲の100本以上の竹の筒(空気穴)を埋めて根に酸素がいきわたるようになって8年、胴吹きが始まり再生につながったそうです。

現在も立ち入り禁止の柵で保護されています。


巨樹 神様の木に会う 完全版   2021 より
          元気なころの川棚のクスの森

         2017年 部分的に葉が枯れ初め、冬にはほとんどの葉が落ちてしまいました。

         2017年 治療開始。 竹筒(空気穴)100本を。

         2019年 根元に近い幹を中心に、
               胴吹き(休眠していた芽が出ること)が始まりました。


         2021年 胴吹きした芽が、安定して枝を増やしています。


松浦総鎮守 鏡神社 ― 佐賀県唐津市鏡2026-02-03


鏡神社は、神功皇后が戦勝を祈願するために、鏡山山頂に祠を建てたのが始まりと伝えられています。唐津で最も古い神社で、源氏物語の「玉鬘の巻」にも歌が詠まれています。また、社宝の絹本着色楊柳観音像は、国の重要文化財に指定されています。  - 唐津観光協会



















♢一ノ宮♢
御祭神 息長足姫命(神功皇后)
創 建 仲哀天皇9年(西暦200年頃)
御神徳 武運長久・勝運・開運・聖母・子宝・安産





♢二ノ宮♢
御祭神 藤原廣嗣朝臣
創 建 天平17年(西暦745年)
御神徳 文武両道・魔除け・悪縁退散・心願成就・歌舞音曲









         御神木



        御旅所

~松浦なる鏡の神~
鏡神社は鏡山の西側麓にあります。古来より松浦地方(現在の糸島~長崎)の総社として尊崇され、松浦三社の一位として歴代唐津藩主が第一に参拝する祈願所として定められていました。また、源氏物語に「松浦なる鏡の神」と詠われ、遥かなる時を越え今もなお、松浦地方の鎮守神と親しまれる神社です。御祭神は一の宮には息長足姫命(神功皇后さま)、二の宮には藤原廣嗣朝臣を主祭神として祭祀をいたしております。また楊柳観音菩薩(重文)を始め立神様やお地蔵様なども神道で祭祀を致しており、神仏習合の名残を今も受け継いでいる神社です。

御由緒
鏡神社は古来一の宮は鏡宮・松浦宮・松浦明神・鏡明神・御香宮などと称され、二の宮は鏡尊廟宮・松浦廟宮・板櫃社・板櫃明神・御霊社などと称されておりました。そして、上松浦下松浦の総社として、松浦三社の一位に列せられ祈願所と定められ、松浦地方の大社として尊崇されております。                   松浦総鎮守 鏡神社 HPより





鏡山(かがみやま)― 佐賀県唐津市鏡2026-02-03

いつものドライブコースで、七山でランチ。
帰りに、数十年ぶりに唐津の鏡山へ!

鏡山は標高284mの山で、眼下に市街地はもちろん、国の特別名勝・虹の松原や唐津湾をも望む、絶景を誇る名所です。

鏡山山頂には、展望台や休憩所、芝生の広場が整備され、桜やツツジなどの花の名所でもあります。山頂へ続く、曲がりくねった4キロの道のりは絶好のドライブコースでもあります。









先ずは、唐津湾が見える展望台へ。 かなり距離があります。


    左が唐津市内、浜玉まで続く 虹ノ松原。
    日本三大松原である「虹の松原」で約100万本のクロマツが防風・防潮のため
    群生しています。


      鏡山山頂にある佐用姫の陶像
『肥前風土記』や『万葉集』にも登場する松浦佐用姫の悲恋物語の舞台としても有名です。




展望台からお土産屋さんに向かって歩いていると、歩道下に鳥居を発見。
案内図によると、鏡山稲荷神社とありますが・・・ 扁額は「領巾麾山」とある。
調べると、
松浦佐用姫(まつらさよひめ)は、現在の唐津市厳木町にいたとされる豪族の娘。単に佐用姫(さよひめ)とも呼ばれる。
大伴狭手彦の妾(つま)で、その朝鮮遠征(6世紀)を鏡山から領巾(ひれ)を振って見送り、悲痛に別れを惜しんだとされ、そのとき登攀していた山が領巾麾之嶺(ひれふりのみね)と呼ばれるようになった(現在の鏡山である)   by (Wikipedia)

よくわかりませんが・・・

鳥居から少し下ると






【鏡山神社】
     登りの車道にある神社入り口
     駐車場前の神社入り口
      鏡山、鳥居と本殿です



      凛々しいお稲荷さまが守られていました。



       佐用姫神社へ向かいます。






      佐用姫神社前の展望台より、虹の松原を望む


櫛田神社の節分名物、日本一大きいお多福面 - 福岡市博多区上川端町2026-01-16


今年も、「お多福面」が飾られたと聞いてお参りに・・・・
健康・家内安全をお願いしてきました。
楼門、北神門、南神門の3カ所に、それぞれ表情が異なるお多福面が登場します。


         【楼門のお多福面】 
節分名物の「お多福面」は日本一の大きさを誇り、高さ5.3メートル、幅5メートル。
大きく開いた口を通って参拝すると、商売繁盛や家内安全の御利益があるといわれています。



          【北神門のお多福面】

          櫛田神社      福岡市博多区上川端町1-41