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中秋の名月 観月会 - 筑前國一之宮 住吉神社2017-10-04

筑前國一之宮 住吉神社      中秋の名月 観月会

中秋の名月の日に、雅楽の演奏や餅つきなどを行い、お月見をする会です。

「月々に月見る月は多けれど、月みる月はこの月の月」


仕事帰りに、恒例の観月会を覗きに行ってきました。
実に庶民的な雰囲気で、風流で優雅な風習です。




巫女さん達の奉納舞を楽しみながら月の出を待ちます




各地から奉納されたお酒が振る舞われます。

お餅が入ったおつまみセットを頂きました。



※ 2014年の観月会の様子   ↓
              福岡(博多)の筑前一之宮 住吉神社 観月会 2014-09-08    
               http://kaz1001.asablo.jp/blog/2014/09/10/7432589

大浜流灌頂(おおはまながれかんじょう) - 福岡市博多区大博町2017-08-25

大浜流灌頂(おおはまながれかんじょう)とは、
1755年の海難と翌年の疫病で亡くなった多くの人々の霊を施餓鬼供養するため始まったもので
1756年から今まで受け継がれてきた歴史ある行事だそうです。

仕事帰りに、用意したカメラを携えて大博町へ。
時間は17:40。まだ明るく夜店も準備中で通路に武者絵も見当たりません。
ちょっと様子見で通りの奥まで行くと、
通りの中ほどに「施餓鬼堂」が設けられています。東長寺の僧侶により読教が行われるそうです

50円で蝋燭と線香を買い、お参りしました。お土産にラクガンを頂きました。

「施餓鬼堂」の先の大浜公民館に武者絵が展示してありました。

海老崎雪溪作の武者絵は、福岡県有形民俗文化財です。


ちゃっかり他のグループの案内ガイドさんについて行きました。

築港近くの、那の津通り近くにある供養塔にも住吉提灯が祀ってあります。


瑜伽稲荷神社(ゆがいなりじんじゃ)


街を一周して「施餓鬼堂」へ戻ってくると、「武者絵大灯篭」の設置準備が始まっていました。
大浜公民館から運び出されています。



                          「武者絵大灯篭」に照明が入りました。







19:00すぎ、東長寺の僧侶により読教が行われるそうです



保存会の方の話によれば、大浜地区の夏祭りと伝統行事を合体させて、
街作りのイベントにしようと頑張っているとの事です。温かく親近感があります。

露店は地域住民の手作り風で、温かみがあり安いです。








「博多の夏は山笠で始まり、流灌頂で終わる」という言葉があるそうです。





荒平山・油山 (安楽平落城) - 福岡市南区・早良区2017-05-28

友人より、6月にくじゅうのミヤマキリシマを観に行こうと連絡あり。
天気もいいので足慣らしもかねて油山へ。
いつもは柏原から向かいますが、今回は早良区脇山から登りました。


早良区脇山の谷バス停より
黄色の舗装道から入り、谷川沿いを進む。


しんぺいさん川



「荒平城主小田部鎮元自刃の地」の石碑




安楽平落城
「安楽平城(あらひらじょう)」は中世戦国期、福岡市早良区「荒平山(395m)」に在った山城のことです。豊後大友氏筑前支配五城の一つでもある。
当時は筑前国早良郡重留村に属していました。



                           分岐      西は、重留 西油山、東が油山山頂。



夫婦岩から駐車場方面に下りました。自宅まで1時間です。


那珂川町山田の初御代桜(ハツミヨザクラ)2017-03-08







初御代桜の由来は
安徳の花樹農家の指導で宮崎県から切り花用として植樹されたそうです。
昔は蜜柑畑だったそうで、斜面の段々がうまい具合に映りをよくしてます。
40年ほどまえに植樹されたそうですが、たいへん手入れが行き届いています。

私有地で地元の方が大切に育てていらっしゃいます。
裂田の溝の駐車場に車を停めて、徒歩2~3分です。

一昨年は、3月17日でかなり遅かったのですが、
今年は満開を見ることが出しました。
小雨の中、日が射すのを待ちました。



秋月眼鏡橋・秋月城跡 - 朝倉市秋月2017-03-04

古都秋月雛めぐりを見たあと、“筑前の小京都”と呼ばれる端正な町並みを散策。
眼鏡橋などを再訪しました。 


野鳥川に架かる目鏡橋
約200年の歴史がある県指定有形文化財。
花崗岩で出来たアーチ橋、1810年の架橋。









現在は垂裕神社の神門となっている「黒門」、もとは13世紀初めに秋月氏が築いた古処山城の裏門だったそうです。






瓦坂
城の大手門に続く道で、橋面は土が流れないように瓦を縦に敷き詰めてある。