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福岡市南区三宅 - 筑紫官家跡(若宮八幡宮)2015-03-29


三宅2丁目の国道385号線。保存樹(むくのき)を守るため歩道が迂回されてます。
小さな祠があります。



三宅2丁目あたり、佐賀銀行から西へ入るとこんもりした木立が見えます。

三宅小学校の東側に隣接した、若宮八幡宮です。

筑紫宮家跡が、現在は若宮八幡宮になっています。

鳥居のすぐ横に、昔の鳥居の石柱でしょうか?

拝殿と手水舎。

手水鉢(ちょうずばち)は、筑紫官家の柱の礎石として使用されていたものだという説もあるそうです。手水鉢に「亨保十二年 奉寄進邑中」とあります。

拝殿内部の様子。


                          本殿。  ご祭神    応神天皇、仁徳天皇、神功皇后


本殿扁額と不思議な形のものは、蟇股(かえるまた)でしょうか?


本殿と拝殿をを東側から。


現在の三宅付近に筑紫官家が設置され、穀物を備えて非常時の備えや外来の客をもてなす。
(福岡市史普及版「福岡の歴史」より)  とあります。

また、
平成12年8月、福岡市教育委員会は、博多区の比恵遺跡で古墳時代後期(六世紀)に建設された大型倉庫群と柵状の遺構を発掘、対外交渉の拠点として大和朝廷が設置した「那津官家」跡とほぼ断定できたと発表した。(中略)
那津官家は九州を統括した大宰府の前身とみられ、日本書紀の記述では、五三六年の条で「筑紫国は食料を蓄え、海外からの賓客をもてなした。官家を那津のほとりの修造し、非常時に備えて穀物を集めた」とある。(平成12年8月25日付 日本経済新聞 参照)

那津官家が南区三宅にあったというのは単なる伝説に過ぎないようですが、
那珂川の裂田の溝、安徳台付近のふくよかな平野で収穫された穀物を、那珂川を利用しこの地区に運び穀物倉庫がたくさんあったのは事実みたいですね。

当時は海岸線は那津官家から程近い現在の塩原あたりまであって、箕島(美野島)は海に浮かぶ本当の島であった。また、汐原(塩原)は汐煮塚といって製塩をしていたところでもあったことからも重要な地区だったのでしょう。