博多区 御供所まちを 散歩しました ①[節信院→円覚寺→妙楽寺] ― 2014-04-05
我が家のお寺は、聖福寺の一角・南隣にある臨済宗建仁寺派のお寺 順心寺です。
年に何回もお参りに行きますが、いつも駐車場から、納骨堂→本堂→和尚さんに挨拶で帰ります。今回の散歩でビックリがいっぱい。聖福寺の仏殿が新しくなっているのも知りませんでした。
いつもの駐車場に車を停めて散策スタートです。
聖福寺の裏側通路です。
左が順心寺駐車場。右の門は空き地にあります??景観のためかな?
節信院
西門に比べたら地味ですが、聖福寺の東門です。
西島先生の絵がこんなところに・・・
円覚寺
旧御供所石碑
妙楽寺
唐石石門
妙楽寺 開山堂
妙楽寺 開山堂
「ういろう伝来の地」碑--中国から博多に亡命した陳宗敬の子、宗奇が足利義満の招請で上洛して外郎薬を献上した際に、口直しに添えた菓子に由来するという説からであろう。
境内図
鐘楼
墓地
黒田左兵衛の墓
本堂
墓地に行く手前に、お地蔵様
こんなにじっくり廻ったのは初めてでした。載せたい写真がいっぱいなので、2弾、3弾と
御供所を続けます。
博多区 御供所まちを 散歩しました ②[東長寺→聖福寺] ― 2014-04-05
妙楽寺から大博通りにでて、東長寺に向かいました。
南岳山 東長寺 真言宗別格本山
空海(弘法大師)が日本で最初に創建したお寺です。弘法大師が創建したお寺としては日本で一番古いそうです。また、黒田家二代忠之公、三代光之公、八代治高公の墓所があります。
山門
本堂
六角堂
市の文化財に指定されています。内部にある六角形の仏龕(ぶつがん:仏像を安置する厨子)は回転式になっています。
五重塔
平成23年に完成しました。純木造総檜造りで美しい姿をみせています。
黒田家二代忠之公、三代光之公、八代治高公の墓所
太子堂
太子堂の扁額
本堂内部
本堂前
高さ約70センチの石仏。四国八十八カ所霊場の仏を分祀(ぶんし)して、明治期に建立されたそうです。
東長寺を出て大博通りへ。向かい側に櫛田神社の鳥居が見えます。
大博通りから聖福寺方面へ路地を入ります。
素敵なお蕎麦屋さん「なが田」。二階の店舗内から朱塗りの五重塔が見えます。
聖福寺(しょうふくじ)
聖福寺(しょうふくじ)は建久6年(1195年)に将軍源頼朝公よりこの地を賜り、栄西禅師(ようさいぜんじ)を開山として創建された日本最初の禅寺です。山号を安国山とし、寺号を聖福至仁禅寺(しょうふくしじんぜんじ)と称します。
境内には勅使門(ちょくしもん)・山門・仏殿・方丈・庫裡・禅堂などの禅宗様式の七堂伽藍が建ち、周りに総門・開山堂(かいさんどう)・護聖院(ごしょいん)・経蔵(きょうぞう)や塔頭が建ち並んでいます。
聖福寺 総門
勅使門
山門
仏殿 新しくなったのを知りませんでした。
2年余の歳月をかけ増築を行い、平成24年9月8日落慶法要が行われた。
鐘楼横より方丈に向かう道
聖福寺境内案内図
筑後川昇開橋の近くのいろいろ![若津港導流堤] ― 2014-04-05
徐福サイクルロードの桜・旧国鉄佐賀線を歩く2014-04-02のとき、いろんな発見がありました。前回紹介しきれなかった、いろいろです。

筑後川昇開橋の操作盤。
若津港導流堤 「デレーケ導流堤」
下流を見ていると引潮のため、川の中央に堤が見えました。九州土木遺産のページで見たのを思い出しました。タイミングがよかったです!
筑後川の中央に石組みの堤を築造しており、引き潮の時だけ姿を現わします。この導流堤のおかけで、川の流れを速め、堆積する土砂を遠浅の河口に押し流すことで、航路を維持することが可能になりました。100年以上経過した現在でも、船舶の航行に大きく貢献しています。
昇開橋の真ん中には、昇降を操作し、観光客の案内もしてくださる係員さんがいらっしゃいました。「あそこの郵便局の近くにおいしい饅頭があるよ!」って教わりました。
鹿江屋さんの店内には、お孫さんのためのさげもんが・・・

すべて、一本の木から出来ています。ビックリ!
大川一刀彫館
昇開橋からほど近くにある大川一刀彫館は、現代の名工に認定されている岳野博昭さんの工房です。
一刀彫のお話を伺いました。若津は港で栄えたため、船大工の技術がもとに発展したみたいです。もっと写真を撮っておけばよかった。
昇開橋を渡るといつもすぐ引返しますが、温泉もあります、美術館もあります。大川側も楽しいですよ。





















































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