彦根 散策!(格安フェリーの旅)-- 彦根城 夢京橋キャッスルロード ― 2024-11-08
歴史小説を愛読する私にとって、戦国時代の変遷を舞台とする琵琶湖周辺は行きたいところがいっぱいです。
数年前に、大津から京都南禅寺まで疎水沿いを歩いて散策しました。
今年の5月は、近江八幡、安土城を散策しました。
今回は、彦根駅から 清凉寺 龍潭寺 佐和山城跡 彦根城 夢京橋キャッスルロードを散策です。
数年前に、大津から京都南禅寺まで疎水沿いを歩いて散策しました。
今年の5月は、近江八幡、安土城を散策しました。
今回は、彦根駅から 清凉寺 龍潭寺 佐和山城跡 彦根城 夢京橋キャッスルロードを散策です。
佐和山城跡 龍潭寺から徒歩で15分。彦根城が見えてきました。
二の丸、中堀の石垣
いろは松
佐和口に向かうお堀沿いにある松並木で、34本の松が残っています。井伊直孝によって植樹された当時は47本の松並木だったことから、いろは47文字になぞらえて「いろは松」と呼ばれるようになりました。
通行の妨げとなるのを防ぐため、地上に根が出ない種類の「土佐松」が高知県より移植されました。
佐和口に向かうお堀沿いにある松並木で、34本の松が残っています。井伊直孝によって植樹された当時は47本の松並木だったことから、いろは47文字になぞらえて「いろは松」と呼ばれるようになりました。
通行の妨げとなるのを防ぐため、地上に根が出ない種類の「土佐松」が高知県より移植されました。
佐和口多聞櫓
多聞櫓とは、長屋のような見た目が特徴で、細長い形状をした櫓のこと。佐和口に向かって左側に延びているのが、重要文化財の櫓です。もともとは右側の櫓と一体となっていましたが、明治時代に入ると門と一緒に解体されました。
多聞櫓とは、長屋のような見た目が特徴で、細長い形状をした櫓のこと。佐和口に向かって左側に延びているのが、重要文化財の櫓です。もともとは右側の櫓と一体となっていましたが、明治時代に入ると門と一緒に解体されました。
馬屋
佐和口多聞櫓近くにある建物です。21頭もの馬が収容可能で、常に十数頭の馬がつながれていました。近世城郭の城内に大規模な馬屋が残るのは、彦根城だけです。
佐和口多聞櫓近くにある建物です。21頭もの馬が収容可能で、常に十数頭の馬がつながれていました。近世城郭の城内に大規模な馬屋が残るのは、彦根城だけです。
表御門
彦根城には、大手門と表御門があります。
もともとは大坂城の方角にあたる南西に大手門が築かれ、
豊臣家が滅亡後、江戸城の方角にあたる表御門が実質の正面玄関になったらしい。
券売所 大人:1000円です
天秤櫓に向かって登ります。
天秤櫓・廊下橋
天秤櫓(てんびんやぐら)
大手門と表門の合流する要所に建てられた天秤櫓は、左右の櫓が別々の役割を果たすなど、防衛に優れていました。この形状の櫓は、国内では彦根城でしか見ることができません。天秤櫓の前には、尾根を削った大堀切があり、その上に廊下橋がかかっています。敵がこの橋に差し掛かった際、橋を壊すことによって、敵兵の侵入を防ごうとする仕組みでした。
大手門と表門の合流する要所に建てられた天秤櫓は、左右の櫓が別々の役割を果たすなど、防衛に優れていました。この形状の櫓は、国内では彦根城でしか見ることができません。天秤櫓の前には、尾根を削った大堀切があり、その上に廊下橋がかかっています。敵がこの橋に差し掛かった際、橋を壊すことによって、敵兵の侵入を防ごうとする仕組みでした。
廊下橋をくぐって直進すると、大手門に向かいます
廊下橋をくぐって、鐘の丸へ。 鐘の丸から廊下橋を渡って天秤櫓へ。
鐘の丸
鐘の丸から天秤櫓を望む
この櫓は、豊臣秀吉が創築した長浜城大手門を移築したといわれている、門を開けて上から観ると天秤のような形から天秤橋と呼ばれた。
左右の櫓の向きにご注目! よく見ると両隅の二階櫓は棟の方向が異なっており、格子窓の数も左右で違い左右対称でなありません。右(東側)が江戸に、左(西側)が京の都に正面を向けた時代を反映した形で建てられている。
左右の櫓の向きにご注目! よく見ると両隅の二階櫓は棟の方向が異なっており、格子窓の数も左右で違い左右対称でなありません。右(東側)が江戸に、左(西側)が京の都に正面を向けた時代を反映した形で建てられている。
天秤櫓の内部が公開されています。
時報鐘
場内の太鼓門近くにある時報鐘は、当初は南側の鐘の丸に設置されていたが、北側に音が届かないという理由で現在の場所に移されたそうです。
場内の太鼓門近くにある時報鐘は、当初は南側の鐘の丸に設置されていたが、北側に音が届かないという理由で現在の場所に移されたそうです。
太鼓門櫓
天守を防御する最後の門であった太鼓櫓門。東側の背面部分には壁がなく、高欄の付いた廊下となっており、この構造は大変貴重です。城内合図を送るための太鼓が置かれていたことが、名前の由来だと言われています。
太鼓門櫓は、東側の壁が無く、柱の間に高欄をつけ廊下にしています。 登城合図用の太鼓の音を響かせるために考えられたのではないかといわれています。
天守を防御する最後の門であった太鼓櫓門。東側の背面部分には壁がなく、高欄の付いた廊下となっており、この構造は大変貴重です。城内合図を送るための太鼓が置かれていたことが、名前の由来だと言われています。
太鼓門櫓は、東側の壁が無く、柱の間に高欄をつけ廊下にしています。 登城合図用の太鼓の音を響かせるために考えられたのではないかといわれています。
太鼓門櫓も、天守や天秤櫓、西の丸三重櫓などと同様に、築城時にほかの場所から移築された建物です。
天守を防御する最後の門、太鼓櫓門をくぐると、いよいよ天守のある本丸です!
沢山の人だかりが! ひこにゃんのショーが行われていました。
国宝 彦根城天守、附櫓及び多聞櫓
天守は3階3重の屋根で構成されています。屋根は「切妻破風(きりづまはふ)」「入母屋破風(いりおもやはふ)」「唐破風(からはふ)」を多様に配しており、2階と3階には「花頭窓(かとうまど)」、3階には高欄付きの「廻縁(まわりえん)」を巡らせるなど外観に重きを置き、変化に富んだ美しい姿を見せています。完全に装飾化した廻縁と高欄で、入母屋(いりもや)破風があるため、廻ることが出来ませんし、幅も狭く、床面より高いため外へ出ることはできません。
天守の載る石垣は「牛蒡積み」(ごぼうづみ)と呼ばれ、自然石を使用した、堅固な石垣です。
天守は3階3重の屋根で構成されています。屋根は「切妻破風(きりづまはふ)」「入母屋破風(いりおもやはふ)」「唐破風(からはふ)」を多様に配しており、2階と3階には「花頭窓(かとうまど)」、3階には高欄付きの「廻縁(まわりえん)」を巡らせるなど外観に重きを置き、変化に富んだ美しい姿を見せています。完全に装飾化した廻縁と高欄で、入母屋(いりもや)破風があるため、廻ることが出来ませんし、幅も狭く、床面より高いため外へ出ることはできません。
天守の載る石垣は「牛蒡積み」(ごぼうづみ)と呼ばれ、自然石を使用した、堅固な石垣です。
天守は大津城、「佐和口多聞櫓」(さわぐちたもんやぐら)は佐和山城、「天秤櫓」は「長浜城」から移築されたと言われています。
昭和27年(1952年)に国宝に指定。
彦根城以外の国宝天守は、姫路城・松本城・犬山城・松江城だけです。
彦根城以外の国宝天守は、姫路城・松本城・犬山城・松江城だけです。
公開されている彦根城国宝天守の内部へ。
国宝天守耐震対策工事の為、天主二層・三層は観覧できましたが天守一層は観覧できませんでした。
入口を入るとすぐ、黒鉄の扉が・・
急な階段を登り、3階へ。
廻縁と高欄がありますが、床面より高いため外へ出ることはできません。
天守から琵琶湖方面を望む
ちょっと怖いくらいの急な下り。
着見台(つきみだい)― 着見櫓跡
本丸の東端に突き出した着見台、石段を登ると、佐和山城跡、彦根城下と琵琶湖まで一望できる。
本丸の東端に突き出した着見台、石段を登ると、佐和山城跡、彦根城下と琵琶湖まで一望できる。
着見台から、西の丸の石垣を望む
着見台から、佐和山城跡、彦根城下を望む。
着見台から、天主を望む。
本丸の西側に位置する「西の丸」。
西の丸三重櫓
本丸の西側に位置する「西の丸」。その西北に位置する櫓です。三重櫓には、東側と西側に続櫓(つづきやぐら)が連なっています。天守のように装飾的な破風(はふ)などはありませんが、櫓全体を総漆喰塗りとし簡素な中にも気品のある櫓です。 裏手から侵入する敵に備える要所となっていました。
東側の続櫓ごしに観る佐和山城跡
西の丸から、観音台を望む。
西の丸から、黒門に向かう石段、黒門山道を望む。
黒門山道から望む天主
井戸曲輪跡
本丸から黒門へ向かう坂道の途中に設けられた小曲輪。
石組み溝で集めた雨水を浄化して貯水するタイプの井戸があったらしい。
本丸から黒門へ向かう坂道の途中に設けられた小曲輪。
石組み溝で集めた雨水を浄化して貯水するタイプの井戸があったらしい。
黒門を内堀側から望む。
彦根藩第13代藩主 井伊直弼生誕地・・・工事中でした。
表御門まえの中堀を屋形船がゆっくりと・・・
大手門
大坂城の方角にあたる南西に築かれた大手門
西郷屋敷長屋門
京橋口門と雁木
京橋口門
京橋から中堀を望む。
彦根城の京橋口門から京橋を渡ると、「夢京橋キャッスルロード」があります。夢京橋キャッスルロードは、江戸時代の城下町を再現した、飲食店や土産物屋が並ぶスポットです。
湖国バス、四番町スクエアバス停よりJR彦根駅まで移動です。
JR彦根駅西口まえの、井伊直政公之像。
16:22発 新快速でJR住吉駅へ、セブンでつまみを仕入れてフェリーへ向かいます。
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