おおやまざき散策!② -- 天王山ハイキング・アサヒ大山崎山荘美術館 --2025-05-23

おおやまざき散策!(格安フェリーの旅)-- 天王山ハイキング・山崎合戦 -

 今回は、京都沿革の歴史重要地点 山崎合戦と淀川三川合流部を散策に出掛けました。
  「天下分け目の天王山」・ 山崎合戦古戦場碑 ・ 明智光秀本陣跡を目指しました。


おおやまざき散策! --②


JR山崎駅 → サントリー山崎蒸留所 →    離宮八幡宮 → 歴史資料館 → 天王山登山口

②天王山登山口→ 宝積寺(ほうしゃくじ) → 三川合流展望台 → 旗立松展望台    
→ 十七烈士の墓   → 酒解神社(さかとけ) → 天王山山頂 山崎城跡 
→    アサヒグループ大山崎山荘美術館


    JR山崎駅    →    阪急大山崎    →    阪急西山天王山
→    山崎合戦古戦場碑 (天王山夢ほたる公園) →     明智光秀本陣跡(境野1号墳)
→    久貝(バス)    長岡京淀線90系統(バス) → 京阪淀駅 → 石清水八幡宮


      JR山崎駅近くの天王山上り口  天王山登山口石標


【大念寺】





【宝積寺(ほうしゃくじ)】
        宝積寺 山門。  阿吽の金剛力士像(重要文化財)



   山崎合戦の後に秀吉が一夜で建立した三重塔は重要文化財に指定されています。



    宝積寺(ほうしゃくじ)は、神亀元年724年、聖武天皇の勅願により行基によって開山され、   
    本堂に十一面観音を本尊に大黒天神も祀られております。
    山崎の戦いの際に、羽柴秀吉(豊臣秀吉)が本陣を置いた寺でもあります。


    境内にある「秀吉 出世石」。
    説明板によると山崎合戦の折、秀吉はここを陣所とし、この石に腰掛けた。 
    戦いに勝利し天下人への道を歩み始めたという言い伝え。

         本堂向かって右手にある閻魔堂

         宝積寺石造五重塔(鎌倉時代)

        宝積寺を経て、登山道に入ります
        天王山への山道入口は、本堂向かって右手にある閻魔堂の更に奥にあります。

天王山ハイキングコース 約4.8km のスタートです。

        途中開けたところで、三川合流地点が見える

        青木葉谷展望広場
       陶板絵図② 「秀吉の中国大返し」  解説文は堺屋太一作

        三川合流地点が見える青木葉谷展望広場の展望所
      展望所の眼下には淀川が見えている。
      梅田のビル群や大阪城も見えるというのだが、霞んでいて見えません。






山崎の合戦時に秀吉が軍旗をかかげた旗立松展望台

旗立松の奥には「山崎合戦之地」石碑がある。
しかし実際には山崎合戦は、ここ天王山上ではなく、その麓の地(小泉川沿い)で行われた。

旗立松の山頂側に展望台があり、そこから明智軍と秀吉軍が布陣していたとされる山崎の古戦場や三川合流地点が確認できます。





       酒解神社 (さかとけじんじゃ) の一の鳥居

      陶板絵図③「頼みの諸将来たらず」
      陶板絵図④「天下分け目の天王山」




禁門の変の首謀者の一人である真木和泉守以下17名が眠る墓です。幕末、尊王譲位の活動家であった和泉守は脱藩浪士を率いて山崎に軍を置きました。




       陶板絵図⑤「明智光秀の最期」


自玉手祭来酒解神社(酒解神社)
神社の場所は天王山山頂より約百メートルほど下つたところに位置し、本殿の手前に建つ神輿庫は鎌倉時代の建築で日本にある板倉式倉庫としては最古の例であり、国の重要文化財に指定されています

          本殿
          



       左に天王山山頂へ向かいます。 右は小倉神社方面へ。






天王山山頂・山崎城跡
麓から歩くこと、1時間程度、270.4メートルの標高の高さにある山頂です。山頂は大きく広場のようになっており、土肌がみえています。かつて城が築かれており、その痕跡を発見できるところにあります。


                    井戸の跡


                  陶板絵図⑥「秀吉の天下人への道…」






        天王山山頂へ続く道の途中にある「竹林のこみち」かな?
        下りの途中で、下の方に覗き見ることができました。


         陶板絵図⑥「本能寺の変」
         アサヒグループ山崎山荘美術館に向かう、トンネルの手前にあります。

【アサヒグループ大山崎山荘美術館】を覗いて観ようと、トンネルを抜けて向かいます。





アサヒグループ大山崎山荘美術館は、大正から昭和初期にかけて加賀正太郎によって建築された「大山崎山荘」(登録有形文化財)を本館として、建築家・安藤忠雄設計による地中館(1995年竣工)、山手館(2012年竣工)とともに公開しています。




羽柴(豊臣)秀吉と明智光秀による山崎の戦いや、幕末の禁門の変で知られる天王山。
天王山は気軽に登ることができる標高約270メートルの山で、登山道は整備されているため気軽にハイキングを楽しむことができます。
当日も、5~6グループがハイキングを楽しんで天王山山頂・山崎城跡で昼食をとっておられました。気軽にと言っても70過ぎの前期高齢者にとってはかなりの休憩が必要でした。
10:00登山口~11:30天王山山頂、下りは半分くらいの時間でした。
山崎合戦と淀川三川合流部を思い描きながら楽しい時間でした。

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