長崎街道塩田宿 「塩田津の街並み」― 佐賀県嬉野市2024-12-29

長崎に住む孫を迎えに行くことを命ぜられた。
ならば、ちょっと寄り道をして向かおうと・・・・
先日観た映画「傲慢と善良」の中で、七山駅として使われた「肥前七浦駅」、
話題になっている、太良町の朱色の海中鳥居。

地図上に、「塩田津の街並み」を見つけました。
かつて福岡県内の長崎街道をすべて歩きました。佐賀県の長崎街道も魅力満載の様です!
年末の思い付きで寄るので、下調べです。


武雄・北方ICを降りて、鹿島方面へ向かいます。
「塩田津の街並み」の入り口です。


川港塩田津と長崎街道塩田宿が交わる、歴史と文化のかおる町。

平成17年に伝建地区に選定された塩田津は、川港と長崎街道の宿場町です。中央を通る長崎街道沿いには白壁やかや葺きの建物、土蔵がひしめき、高台には寺社がひかえます。塩田石工による川沿いの石垣や恵比寿像も点在し、重厚かつ良好な伝統的な町並みを形作っています。




        円田家土蔵



         旧検量所







旧下村家住宅
塩田津の中で数少ない草葺民家で、1階は通り土間に沿って部屋が並び、2階の船底天正は白漆喰仕上げとなっています。



江口家住宅
江口家は蓮池藩塩田御蔵の上納米を扱う商家で、米屋の他に酒造や製陶業も営んでいたようです。



①西岡家  ②杉光家  ③鬼﨑家  ⑤御蔵   ⑥江口家    ⑦吉富家   ⑧小柳・田崎家






       御蔵
江戸時代(1603~1867)、嬉野地域で収穫された米は、出荷前に倉庫(大蔵)に保管されていました。 1813年にこの地域に5つの米蔵が建てられました




       御蔵馬場


      塩田津まちなみてらす
      資料を頂こうと思いましたが、年末のお休みでした。




江戸時代に確立された建築様式で 火災・風水害に強い白い漆喰に覆われた大型町家「居蔵家(いぐらや)」が建ち並ぶ重厚な町並みが特徴です。






西岡家住宅
西岡家は、江戸中期ごろから廻船業や陶器販売などで財を成し地域屈指の豪商となりました。主屋は3年の歳月をかけ江戸末期の1855年(安政2年)に完成したものです。




杉光家住宅
三階建ての大変大きな居蔵造は1855(安政2)年に建築されました。


街並みを車で通り抜けるとき、駐車場に気づきませんでした。

       通りの裏、「御蔵浜」が駐車場になってるみたいです。

      「川港塩田津」が想像できます。

『重要伝統的建造物群保存地区』の”すごさ、美しさ”

塩田津は、かつて有明海の大きな干満による塩田川の水運と長崎街道の陸路が交差して賑わった「川港塩田津」と「長崎街道塩田宿」の二つの側面を見ることができる歴史と文化の町です。

2005(平成17)年「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された塩田津は、往時の町並みを保存すべく町並みの修理・修景が進み、江戸時代に確立された建築様式で 火災・風水害に強い白い漆喰に覆われた大型町家「居蔵家(いぐらや)」が建ち並ぶ重厚な町並みが特徴です。

 by 佐賀県公式観光サイト あそぼーさが

駆け足で街並みを観て廻りました。
「重要伝統的建造物群保存地区」往時の町並みを保存すべく町並みの修理・修景が行われて守られているのが伝わります。
春になったら、ゆっくりと伺いたいと思います。

佐賀市を散策!築地反射炉跡 -- 佐賀市長瀬町2018-10-02



築地反射炉跡  日本初の実用反射炉
幕末期、最先端の科学技術を誇っていた佐賀藩は、10代藩主鍋島直正の命により、日本で最初の洋式反射炉を築地に作り、初めて鋼鉄製の大砲の鋳造に成功しました。 跡地となる日新小学校の中には、反射炉の模型が建てられています。
佐賀市長瀬町9-15(日新小学校校庭内)                      佐賀市観光協会HPより

















旧城下町の道標
佐賀市長瀬町
この道標は、長崎街道に設けられた道標の一つで、佐賀城下の長瀬町から長崎街道をそれて、南の諌早渡海場へ通ずるその分岐点に建てられていた。
安山岩製の方柱の上端は、しのぎがあって山形に削られていて、地表からの現高は約122センチメートル、幅は21センチメートルで、方柱の二面に方向が刻まれている。
方柱の上端に一指をのばした手を刻んで方向を表示し、その下に行先の地名が刻まれている。手はまわりを彫りくぼめて浮彫りにし、文字は平仮名を用いて陰刻している。
一面には、「ながさき道、こくらみち」と、2行に、他の1面には、「いさはやとかいばへ」と1行に刻まれている。
この道標が設けられた年次は明らかでないが、その様式からみて江戸時代の中期以降にくだるものであろうと推定される。
(佐賀市地域文化財データベースサイト さがの歴史・文化お宝帳HPより)




「のこぎり型家並み」を探しましたが、ここかな?って所は感じましたが確信がありませんでした。
で、道標を偶然見つけました。



佐賀市を散策!長崎街道・柳町 - 佐賀市柳町2018-10-02

佐賀市を散策!長崎街道・柳町

佐賀市柳町の長崎街道沿い
「佐賀市歴史民俗館」として明治や大正期の旧家や銀行の建造物が立ち並ぶ、趣のある通りです。


               呉服元町交差点より、西側を望む

               呉服元町交差点より、東側(柳町方面)を望む





旧古賀銀行・佐賀市歴史民俗館
旧古賀銀行は、柳町の古賀善兵衛さんが設立した銀行で、明治になって西洋建築が取り入れられた初期の貴重な建築物です。



現在は佐賀市歴史民俗館が歴史資料館として管理・活用している他、「浪漫座 カフェ・レストラン」、「コンサート活用」として、毎週のように様々なジャンルのコンサートが開かれています。
当日もサウンドチェック中で、オーディオマニアに有名なジェニファー・ウォーンズのハンターが流れていました。



旧古賀家
肥前さが幕末博覧会の会場(リアル弘道館)として公開されています。





旧三省銀行
肥前さが幕末博覧会の会場(葉隠みらい館)として公開されています。





                                    馬場家住宅




旧森永家
江戸期、初代森永十助が煙草製造販売を営み、その後明治40年には呉服店へと転身しました。明治前期の貴重な町屋建築です。
鍋島緞通の「織ものがたり」、佐賀の伝統工芸品を扱う「さがしもの」、和紅茶専門店「紅葉」が営業しています。

北蔵 【和紅茶専門店 紅葉】


左が北蔵、右が居宅、奥が南蔵

居宅 【織ものがたり(鍋島緞通手織工房)】   「鍋島緞通」の製作実演が見れます。

南蔵 【さがしもの(手仕事の工芸品店)】

北蔵 【和紅茶専門店 紅葉】 正面より
森永呉服の看板の中央に、薩摩の家紋・丸に十字が・・・



旧牛島家
江戸中期の町屋様式の建築物旧牛島家
佐賀市の特産品、城下町佐賀に息衝く伝統工芸品や有明海・佐賀平野に育まれた美味しいものなど佐賀のお土産がいっぱい







旧久富家
元は履物問屋「履物問屋久富商店」、佐賀県遺産に登録されています。
趣のある外観や内観を残しつつ改装された二階建ての建物、カフェやフォトスタジオなどがあります。












「のんびりぶらり柳町」という素敵な案内パンフを頂きました。
リノベーションを通して、味のある町がわくわくさせます。
次は、ひな祭りの時にでも訪れたいです。

佐賀 神埼宿場2014-01-16

佐賀城から久留米城に向う途中、神埼宿の案内板を発見。ちょっと立ち寄ることにしました。

佐賀県内には、長崎街道の宿場が13もあるそうです。筑前原田(はるだ)宿から嬉野宿までの13宿が佐賀路です。

国道34号、神埼橋付近に宿場の案内があります。 西の木戸口跡・神埼宿場茶屋


現在の街並


櫛田宮の手前の旧古賀銀行神埼支店 (佐賀県遺産)


櫛田宮が鎮座しています。櫛田宮は博多の櫛田神社の本家とされているそうです。
櫛田宮の入口には石を組み立てた独特の形をした肥前鳥居があります。(佐賀県指定重要文化財)


神埼は神埼素麺が有名ですが、江戸時代の初期に一人の僧がそうめんの製法を伝えたといわれています。


今回巡り合いませんでしたが、神埼宿(神埼町)の手前には「ひのはしら一里塚」が残っているそうです。神埼宿の一里塚は長崎街道の一里塚の中でたった一カ所現存している貴重なものらしいです。
佐賀城下にも、昔の街道の面影がたくさん残っているみたいです。次回ゆっくり散策したいと思います。