福岡市中央区 桜坂 ~ 赤坂 界隈を散策しました。桜ヶ峰神社 - 天満宮・菅原神社 ― 2015-02-26
中央区平尾~浄水に続いて、
桜坂・古小烏あたりから護国神社に向けて
高級住宅街と、こんもりした緑地帯を歩きました。
筑紫女学園の通り(警固本通り)から旧道方面に
音響機材のSTAFFさんの近くです。
桜坂・古小烏あたりから護国神社に向けて
高級住宅街と、こんもりした緑地帯を歩きました。
筑紫女学園の通り(警固本通り)から旧道方面に
音響機材のSTAFFさんの近くです。
江戸時代には大鋸ノ谷(おがのたに)と称されていたそうです。
ちょっと入っただけで鬱蒼とした丘陵地です。
ちょっと入っただけで鬱蒼とした丘陵地です。
桜ヶ峰神社
天満宮・菅原神社
鳥居の扁額。 天満宮とあります。
菅原神社とも・・・・ 天神信仰ですね。
菅原神社とも・・・・ 天神信仰ですね。
境内の片隅には、小さな社がありました。
「一徳神社」とあります。
お社に住居表示があるのははじめてです!
お社に住居表示があるのははじめてです!
貼る場所をちょっと考えてほしいですね。
福岡市中央区平尾 ~ 浄水 界隈を散策しました。
http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/02/25/7579028
福岡市中央区 桜坂 ~ 赤坂 界隈を散策しました。小烏神社
http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/02/26/7580099
福岡市中央区 桜坂 ~ 赤坂 界隈を散策しました。味噌喰地蔵尊
http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/02/26/7580123
福岡市中央区 桜坂 ~ 赤坂 界隈を散策しました。 ふくろうの森(赤坂西緑地)
http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/02/26/7580178
福岡市中央区 桜坂 ~ 赤坂 界隈を散策しました。 ふくろうの森(赤坂西緑地) ― 2015-02-26
中央区平尾~浄水に続いて、
桜坂・古小烏あたりから護国神社に向けて
桜ヶ峰神社 - 天満宮・菅原神社を訪れたあと、ふくろうの森(赤坂西緑地)へ。
丘陵地になっている この辺りは、高級住宅地で、今も緑地が多く残されています。
天満宮・菅原神社から、護国神社方面へ。
桜坂・古小烏あたりから護国神社に向けて
桜ヶ峰神社 - 天満宮・菅原神社を訪れたあと、ふくろうの森(赤坂西緑地)へ。
丘陵地になっている この辺りは、高級住宅地で、今も緑地が多く残されています。
天満宮・菅原神社から、護国神社方面へ。
路地を入ると鬱蒼とした木々の茂みが!
ふくろうの森(赤坂西緑地)です。
住所は赤坂3丁目みたいですが、目の前の森は桜坂2丁目みたいです。
そしてその西側は、六本松3丁目です。護国神社の前にある京懐石「松幸」の裏というか!
こんな都会に、たくさんの緑が残されています。
そしてその西側は、六本松3丁目です。護国神社の前にある京懐石「松幸」の裏というか!
こんな都会に、たくさんの緑が残されています。

月形洗蔵居宅碑
月形洗蔵は、日本が開国するまでの混迷の時代に、薩長連合のきっかけをつくった福岡藩士です。幕末の筑前藩主黒田長溥が佐幕的立場から、勤王党に大弾圧を加え、乙丑の獄で月形洗蔵らを斬首刑に処してしまいました。
月形洗蔵は、日本が開国するまでの混迷の時代に、薩長連合のきっかけをつくった福岡藩士です。幕末の筑前藩主黒田長溥が佐幕的立場から、勤王党に大弾圧を加え、乙丑の獄で月形洗蔵らを斬首刑に処してしまいました。
野村望東尼誕生之地碑
野村望東は、文化3(1806)年9月6日、黒田藩士である浦野重右衛門勝幸(300石)の三女として、福岡城に程近い南谷の御厩後(おうまやのうしろ)に生まれた。本名は、「モト」。現在、彼女の生誕地には、石碑がたっている。
野村望東は、文化3(1806)年9月6日、黒田藩士である浦野重右衛門勝幸(300石)の三女として、福岡城に程近い南谷の御厩後(おうまやのうしろ)に生まれた。本名は、「モト」。現在、彼女の生誕地には、石碑がたっている。
丘陵地になっている この辺りは、福岡藩の武家屋敷跡で、今も緑地が多く残されています。
福岡市中央区平尾 ~ 浄水 界隈を散策しました。
http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/02/25/7579028
福岡市中央区 桜坂 ~ 赤坂 界隈を散策しました。小烏神社
http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/02/26/7580099
福岡市中央区 桜坂 ~ 赤坂 界隈を散策しました。味噌喰地蔵尊
http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/02/26/7580123
福岡市中央区 桜坂 ~ 赤坂 界隈を散策しました。桜ヶ峰神社 - 天満宮・菅原神社
http://kaz1001.asablo.jp/blog/2015/02/26/7580140
完全復元 伊能図 全国巡回フロア展 in 唐津 - 唐津市文化体育館 ― 2015-02-28
※写真は click! で拡大されます。
唐津市合併10周年記念として、伊能図 全国巡回フロア展 in 唐津 が開催されることがわかり、早速伺いました。
唐津市合併10周年記念として、伊能図 全国巡回フロア展 in 唐津 が開催されることがわかり、早速伺いました。
会場のポスターです。6年前に始まった全国フロア展の最終回となります。
入場無料です。これだけの企画が無料とはありがたいですね。
案内パンフと靴を入れる袋をいただきます。
案内パンフと靴を入れる袋をいただきます。
まずは2階へ。畳大のパネル255枚を組み合わせて、伊能の3種類の地図を原寸大で再現。
最新のCG技術によりオリジナルに最も近い彩色に復元した225枚のパネルを敷いてあります。
フロア一面に、縮尺3万6千分の1の「大図」、原寸がこんなに大きいとはビックリです。
会場ではフロアに敷き詰められた地図の上を歩きながら鑑賞できるようになっています。
最新のCG技術によりオリジナルに最も近い彩色に復元した225枚のパネルを敷いてあります。
フロア一面に、縮尺3万6千分の1の「大図」、原寸がこんなに大きいとはビックリです。
会場ではフロアに敷き詰められた地図の上を歩きながら鑑賞できるようになっています。
九州部分です。さすがに唐津付近に人だかり。
奥の小さい方が、伊能小図で、手前が伊能中図です。
北九州
福岡
那珂川沿い。
貴重な測量機器の数々が展示されていました。
唐津地域の伊能図をプリントした記念クリアファイルを頂きました。
唐津城 - 石垣再築の工事が行われていました。 ― 2015-02-28
※写真は click! で拡大されます。
伊能図 全国巡回フロア展 in 唐津を見た後、唐津城に寄りました。
伊能図 全国巡回フロア展 in 唐津を見た後、唐津城に寄りました。
唐津城。別名は、舞鶴城(まいづるじょう)。連郭式平山城
複合式望楼型5層5階地下1階(1966年 RC造模擬)
複合式望楼型5層5階地下1階(1966年 RC造模擬)
築城は慶長13年(1608年)、明治4年(1871年)廃藩置県により廃城となり、解体された。
昭和41年(1966年)5層5階の模擬天守が築かれ、門・櫓も同時に再建された。
天守は、存在そのものも定かではないし、現在の天守の建築様式も想定によるものらしい。
昭和41年(1966年)5層5階の模擬天守が築かれ、門・櫓も同時に再建された。
天守は、存在そのものも定かではないし、現在の天守の建築様式も想定によるものらしい。
割栗石とか、裏込栗石とかいわれるものですかね?
石垣再築の工事中ということで、工事状況や石垣についての資料がありました。
珍しいものが見れました。勉強になりました。





















































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