怡土城跡(いとじょう)・高祖神社(たかす) ― 福岡県糸島市高祖2022-11-07

糸島方面へ行くとき、いつも横目に通り過ぎていました。
今日は、怡土城跡(いとじょう)・高祖神社(たかす) を訪れました。
糸島地方は『魏志』倭人伝の「伊都国」として、古くから栄えた地として知られています。



怡土城跡(いとじょうあと)
福岡県糸島市高祖・大門・高来寺の山城

怡土城は糸島市と福岡市との境にある高祖山(標高416メートル)の西斜面一帯に築かれた古代山城です。『続日本紀』によると、天平勝宝8年6月(756年)から神護景雲2年2月(768年)まで約12年の歳月をかけて完成したとされています。築城担当者は当初は吉備真備でしたが、途中から佐伯今毛人に交代し完成しました。
築城時をしのぶ遺構としては8ケ所の望楼跡、山裾には南北約2キロメートルにわたる土塁が確認されています。しかし、肝心な城郭内の施設についてはよくわかっていません。

怡土城の特色の第1点は国の歴史書にその築城の担当者とその期間が明確に記録されていることです。また第2点として中国式山城の築城法が採用されていることです。怡土城は高祖山の急斜面から平地部にかけて「たすき」状に城郭を形成しており中国式山城に似ています。この背後には遣唐使として2度にわたって中国に渡海し、特に兵法に長じた吉備真備の存在を切り離して考えることはできません。 (糸島市HPより)
         高祖神社への参道口に位置する大鳥居口には、
         土塁上に記念碑(怡土城址碑)が建てられている。

                     怡土城址の石碑  後ろは、高祖山(標高416メートル)


【 高祖神社(たかす)】
                   
























高祖神社
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)、神功皇后を祀る神社。九州諸将軍記には「神代より鎮座あり神功皇后韓国より帰還の後、当社の社殿を乾の方に向け御建立」と記されています。昔から怡土郡(いとぐん)の惣社(中世には怡土庄一の宮)と崇敬される神社で、平安時代の歴史書「三代実録」には、「正六位高礒比賈神(しょうろくいたかそひめがみ)に従五位下を授く」と記されています。この高礒比賈神とは高祖神社のことで、相殿には玉依姫命と神功皇后が祀られています。同じ糸島市内にある細石神社には、彦火火出見命の両親である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)とその妻神が祀られていて、かつて高祖神社と細石神社には神輿の往来があったと伝えられています。
境内の神楽殿では春と秋の年2回、県指定無形民俗文化財の「高祖神楽」が奉納されています。
(福岡県HPより "ご来福しよう")





         徳満宮    ・・ 高祖神社の少し下に位置します



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