梅林寺 - 福岡県久留米市京町209 ― 2022-10-28
JR久留米駅からすぐ、筑後川の傍に位置する臨済宗妙心寺派の古刹です。
また久留米藩主有馬氏の菩提寺となったお寺です。 右に、鐘楼がみえます。
また久留米藩主有馬氏の菩提寺となったお寺です。 右に、鐘楼がみえます。
九州の代表的な修行道場として知られる古刹と言われています。
梅林寺 山門 江戸時代後期の作とされる。
手水舎
「金剛窟」の額を掲げる 禅堂
梅林寺のソテツ ・・・ 久留米城 四の丸から明治13年に移植された。
久留米市指定天然記念物です。
庫裏 ・・・ 明治35年ころの建立だそうです。
唐門・本堂
本堂正面には浮彫りの扉を持つ唐門が見事な威容を見せています。
本堂横を有馬家墓所へ向かう通路
寄せ墓 ・・・ 久留米藩士の墓
開山堂 ・・・ 開山 禹門玄級の彫像が安置されている。
弘化3年(1846)建立。
【有馬家墓所】
梅林院霊屋
春林院霊屋
さらに階段を登ると、位牌廟と墓塔が並ぶ。
経蔵 ・・・ 安政5年(1858)建立。のち現地に移設改修された。
隣接する梅林寺外苑には梅が30種500本、ツツジはなんと3000本も植えられているんだとか!
登録文化財入りした梅林寺ティーハウス
梅林寺 - 福岡県久留米市京町209
梅林寺 & 梅林寺外苑 マップ のPDFです。 ↓ ↓
https://www.city.kurume.fukuoka.jp/1080kankou/2015bunkazai/3050kurumeshishi/files/bairinji3.pdf (久留米市HPより)
近くの 水天宮へ向かいます。
水天宮 ― 福岡県久留米市瀬下町265-1 ― 2022-10-28
「JR久留米駅」から徒歩5分。
全国に数カ所ある水天宮の総本宮が、この福岡県久留米市にあります。
全国に数カ所ある水天宮の総本宮が、この福岡県久留米市にあります。
水天宮 一の鳥居
扁額は明治時代の日本海軍の指揮官・東郷平八郎の書をもとに書かれた文字です。
常夜燈です.。 照冥燈 しようめいとう?
(調べると、「【照冥】しようめい 送り火。」とありました。)
(調べると、「【照冥】しようめい 送り火。」とありました。)
眞木神社
眞木和泉守保臣命をはじめ明治維新に際 し国難に殉ぜられた一門及び門下生と、 天王山にて共に自刃された方々を奉斎してあります。(水天宮HPより)
眞木和泉守保臣命をはじめ明治維新に際 し国難に殉ぜられた一門及び門下生と、 天王山にて共に自刃された方々を奉斎してあります。(水天宮HPより)
勤王の志士として後世に名を残した眞木和泉守はこの水天宮の神官でした。
山梔窩(くちなしのや)
久留米藩改革の際、眞木和泉守が久留米 藩より水田村(現在の筑後市水田)の弟 大鳥居信臣のもとに謹慎を命ぜられ、付 近の子弟の教育にあたり、尊皇・倒幕の 策源地ともなりました。
この建物は資料により当時のものを模し て建てたもので、実際の建物は県指定文 化財として水田に現存しています。(水天宮HPより)
久留米藩改革の際、眞木和泉守が久留米 藩より水田村(現在の筑後市水田)の弟 大鳥居信臣のもとに謹慎を命ぜられ、付 近の子弟の教育にあたり、尊皇・倒幕の 策源地ともなりました。
この建物は資料により当時のものを模し て建てたもので、実際の建物は県指定文 化財として水田に現存しています。(水天宮HPより)
眞木和泉守の銅像
注連縄柱。
水天宮 御由緒
御祭神は「天御中主神」「安徳天皇」「高倉平中宮」「平二位時子」四柱
手水舎
楼門
10月末ですが、七五三お祝いの参拝がたくさんでした
水天宮 拝殿
水神社
水徳の神様である、彌都波能売神(みつ はのめのかみ)、安産の神様である、鵜 葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこ と)の二柱が奉斎されています。
正面の左右に肥前狛犬が鎮座してます。
本殿向かって右側には、境内社が二つ鎮座しています
左奥の秋葉神社
左奥の秋葉神社
水天宮の創始者を祭る神社、千代松神社
社務所
境内より楼門を・・・
水天宮 ― 福岡県久留米市瀬下町265-1
久留米宗社 日吉神社 - 福岡県久留米市日吉町106 ― 2022-10-28
「久留米宗社」と呼ばれ、市中心部の日吉町にある日吉神社へ。
久留米の大神さま
古くから久留米の最中心にお祀りされた大神さま
古くから久留米の最中心にお祀りされた大神さま
久留米宗社 日吉神社
御祭神 大山咋命
鎮座地 福岡県久留米市日吉町百六番地
御由緒
古事記上巻に「大山咋命亦名山末之大主神此神者坐近淡海国之日枝山亦坐葛野之松尾用鳴鏑神者也」と記され、滋賀県大津市坂本に鎮座の旧官幣大社日吉大社が御本社です。
山、水、木の清浄なるを司り給い、古くは『酒の神様、都の鬼門守護、厄除け守護神』としても崇められ、魔除招福の御神威により、万物の生成発展を神助し給う広徳の神として信仰されています。 須佐之男命の孫神様に当られます。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
御祭神 大山咋命
鎮座地 福岡県久留米市日吉町百六番地
御由緒
古事記上巻に「大山咋命亦名山末之大主神此神者坐近淡海国之日枝山亦坐葛野之松尾用鳴鏑神者也」と記され、滋賀県大津市坂本に鎮座の旧官幣大社日吉大社が御本社です。
山、水、木の清浄なるを司り給い、古くは『酒の神様、都の鬼門守護、厄除け守護神』としても崇められ、魔除招福の御神威により、万物の生成発展を神助し給う広徳の神として信仰されています。 須佐之男命の孫神様に当られます。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
日吉神社社務所
日吉神社 拝殿
久留米
当地において『久留米』の名称は、筑後守吉志公忠(きしのきんただ)が天慶7年(944年)に注進した「筑後国神名帳」に『玖留見(くるみ)神』の記述が見られ、見と目が相通じることに始まります。次に『久留目』の名称が室町時代(1418年)の「報恩寺坪付帳」に見られましたが、「久留米市史」によればこちらは何を指す名称かは特定出来ないとのことです。次に当社が地主神として御鎮座していた、豊饒永源の居城した天文2年(1532年)「九州治乱記」に初めて『久留米城』と記され『久留米』の名が見られます。
本殿が西を向いている理由とは
通常、神社の向きは南か東を向いていますが、当社は西を向いています。
これは城下町の最東南から広く久留米の街並みを望み市中を守護するためです。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
当地において『久留米』の名称は、筑後守吉志公忠(きしのきんただ)が天慶7年(944年)に注進した「筑後国神名帳」に『玖留見(くるみ)神』の記述が見られ、見と目が相通じることに始まります。次に『久留目』の名称が室町時代(1418年)の「報恩寺坪付帳」に見られましたが、「久留米市史」によればこちらは何を指す名称かは特定出来ないとのことです。次に当社が地主神として御鎮座していた、豊饒永源の居城した天文2年(1532年)「九州治乱記」に初めて『久留米城』と記され『久留米』の名が見られます。
本殿が西を向いている理由とは
通常、神社の向きは南か東を向いていますが、当社は西を向いています。
これは城下町の最東南から広く久留米の街並みを望み市中を守護するためです。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
産霊宮(うみのみや)
御祭神 日吉大神
宇美大神
淡島大神
御由緒
産霊宮は平安の昔より久留米をお守りされる日吉神社本殿の御祭神日吉大神の御分霊を中心に、左右の御神座に粕屋郡宇美町の宇美八幡宮の御分霊と、和歌山県加太の淡島神社の御分霊の三座三神を御祀り申し上げる全国一社の御社です。また現在地は城下町の風門と云い万事「成長と整う」する場所と云われております。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
御祭神 日吉大神
宇美大神
淡島大神
御由緒
産霊宮は平安の昔より久留米をお守りされる日吉神社本殿の御祭神日吉大神の御分霊を中心に、左右の御神座に粕屋郡宇美町の宇美八幡宮の御分霊と、和歌山県加太の淡島神社の御分霊の三座三神を御祀り申し上げる全国一社の御社です。また現在地は城下町の風門と云い万事「成長と整う」する場所と云われております。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
境内に25台ほど駐車可です。
街中の神社にしては珍しく 助かります。
地図にある、寺町が気になります。次回訪れたいと思います。
「寺町」の名の通り、ここには17の(古くは26寺)の寺院が集まって
一つの聖域をつくっています。










































































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