久留米宗社 日吉神社 - 福岡県久留米市日吉町106 ― 2022-10-28
「久留米宗社」と呼ばれ、市中心部の日吉町にある日吉神社へ。
久留米の大神さま
古くから久留米の最中心にお祀りされた大神さま
古くから久留米の最中心にお祀りされた大神さま
久留米宗社 日吉神社
御祭神 大山咋命
鎮座地 福岡県久留米市日吉町百六番地
御由緒
古事記上巻に「大山咋命亦名山末之大主神此神者坐近淡海国之日枝山亦坐葛野之松尾用鳴鏑神者也」と記され、滋賀県大津市坂本に鎮座の旧官幣大社日吉大社が御本社です。
山、水、木の清浄なるを司り給い、古くは『酒の神様、都の鬼門守護、厄除け守護神』としても崇められ、魔除招福の御神威により、万物の生成発展を神助し給う広徳の神として信仰されています。 須佐之男命の孫神様に当られます。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
御祭神 大山咋命
鎮座地 福岡県久留米市日吉町百六番地
御由緒
古事記上巻に「大山咋命亦名山末之大主神此神者坐近淡海国之日枝山亦坐葛野之松尾用鳴鏑神者也」と記され、滋賀県大津市坂本に鎮座の旧官幣大社日吉大社が御本社です。
山、水、木の清浄なるを司り給い、古くは『酒の神様、都の鬼門守護、厄除け守護神』としても崇められ、魔除招福の御神威により、万物の生成発展を神助し給う広徳の神として信仰されています。 須佐之男命の孫神様に当られます。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
日吉神社社務所
日吉神社 拝殿
久留米
当地において『久留米』の名称は、筑後守吉志公忠(きしのきんただ)が天慶7年(944年)に注進した「筑後国神名帳」に『玖留見(くるみ)神』の記述が見られ、見と目が相通じることに始まります。次に『久留目』の名称が室町時代(1418年)の「報恩寺坪付帳」に見られましたが、「久留米市史」によればこちらは何を指す名称かは特定出来ないとのことです。次に当社が地主神として御鎮座していた、豊饒永源の居城した天文2年(1532年)「九州治乱記」に初めて『久留米城』と記され『久留米』の名が見られます。
本殿が西を向いている理由とは
通常、神社の向きは南か東を向いていますが、当社は西を向いています。
これは城下町の最東南から広く久留米の街並みを望み市中を守護するためです。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
当地において『久留米』の名称は、筑後守吉志公忠(きしのきんただ)が天慶7年(944年)に注進した「筑後国神名帳」に『玖留見(くるみ)神』の記述が見られ、見と目が相通じることに始まります。次に『久留目』の名称が室町時代(1418年)の「報恩寺坪付帳」に見られましたが、「久留米市史」によればこちらは何を指す名称かは特定出来ないとのことです。次に当社が地主神として御鎮座していた、豊饒永源の居城した天文2年(1532年)「九州治乱記」に初めて『久留米城』と記され『久留米』の名が見られます。
本殿が西を向いている理由とは
通常、神社の向きは南か東を向いていますが、当社は西を向いています。
これは城下町の最東南から広く久留米の街並みを望み市中を守護するためです。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
産霊宮(うみのみや)
御祭神 日吉大神
宇美大神
淡島大神
御由緒
産霊宮は平安の昔より久留米をお守りされる日吉神社本殿の御祭神日吉大神の御分霊を中心に、左右の御神座に粕屋郡宇美町の宇美八幡宮の御分霊と、和歌山県加太の淡島神社の御分霊の三座三神を御祀り申し上げる全国一社の御社です。また現在地は城下町の風門と云い万事「成長と整う」する場所と云われております。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
御祭神 日吉大神
宇美大神
淡島大神
御由緒
産霊宮は平安の昔より久留米をお守りされる日吉神社本殿の御祭神日吉大神の御分霊を中心に、左右の御神座に粕屋郡宇美町の宇美八幡宮の御分霊と、和歌山県加太の淡島神社の御分霊の三座三神を御祀り申し上げる全国一社の御社です。また現在地は城下町の風門と云い万事「成長と整う」する場所と云われております。
(久留米宗社 日吉神社HPより抜粋)
境内に25台ほど駐車可です。
街中の神社にしては珍しく 助かります。
地図にある、寺町が気になります。次回訪れたいと思います。
「寺町」の名の通り、ここには17の(古くは26寺)の寺院が集まって
一つの聖域をつくっています。















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