神武天皇社 大銀杏 - 福岡県遠賀郡芦屋町正門町2022-11-12

あしや砂像展 Ashiya Sand Craft Exhibition
のパンフに紹介されていましたので伺いました。

     11月上旬に大銀杏が見頃!
     神武天皇社
     境内には大きな銀杏の木があり、神殿は伊勢神宮の御用材で建てられています。

     あしや砂像展のあと訪れました。 14:00すぎで、逆光がきつく撮るのに苦労しました。


神武天皇社
御祭神        神武天皇、仲哀天皇、神功皇后
『日本書紀』にも記載があり、この頃から里人が社殿を建立し、祀っていたという。
御祭神は神倭伊波禮毘古命、つまり神武天皇。



          逆光がきつく・・・申し訳ありません。




           今年は、色づきが遅いみたいです。


                       案内板などが無く
           芦屋町正門町14で検索して、ナビ設定しました。

「坂の街」尾道 千光寺公園 - 広島県尾道市東土堂町2022-11-15

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尾道市って?
尾道は、広島県東部に位置する温暖な港町。
あの「しまなみ海道」の入り口としても有名
「坂の街」「文学の街」「映画の街」として全国的にも知られています。

「山の尾の道」と呼ばれ、ノスタルジックな町並みや風情ある坂道が魅力的な場所です。

博多、大宰府IC~九州自動車道-中国自動車道-山陽自動車道-尾道IC
11:30到着    早速ですが、お腹もすいたので、尾道ラーメン!
20-30m歩くと尾道水道です。
新尾道大橋 (起点側:尾道市尾崎町 - 終点側:尾道市向島町)
しまなみ海道を計画する際に、新尾道大橋の並行架橋に着手。わずか55m東西に離れた姉妹橋が仲良く並んでいます。


        アーケード街「尾道通り」を横切り、千光寺ロープウェイへ
        JR線路の下をくぐると、千光寺ロープウェイのりばです。
千光寺山の山頂まで一気にあがり、千光寺公園からゆっくり坂を下ってくるコースです。

所要時間は3分ほど。定員は30名で、15分間隔で運行しています。
おとな片道320円で、500円の往復きっぷ

標高144.2mの千光寺公園を目指します。

        千光寺ロープウェイから、千光寺。  下は尾道水道を望む。



          2022年3月、千光寺公園頂上展望台がリニューアルオープン

          千光寺公園頂上展望台より尾道水道を望む。

          展望台より、尾道美術館

          千光寺に向かいます。

鼓岩は別名ポンポン岩
右側の岩の傷は大阪城築城の時、石垣材として搬出すべく割りかけたノミの跡といわれています。




三十三観音堂
お堂の正面には桜木で造られた百八煩悩滅除大念珠が下げてあり、幸せを念じながらゆっくりと引きますと珠が上から落ちてカチカチと音がします。








千光寺の「玉の岩」。その昔烏帽子岩の頂にははるか遠くを照らす“宝玉”があったと伝えられています。



大師堂
千光寺を開かれた空海(弘法大師)様をお祀りしているお堂

大師堂前の小門をくぐると目前に朱塗り唐づくりの鐘楼が断崖絶壁に建っています。

梵字岩(ぼんじいわ) 五代将軍、綱吉公の頃に刻まれた「梵字岩」


千光寺から坂道を下っていると素敵な古民家「みはらし亭」

  発見!!   平山郁夫画伯、スケッチポイント
        尾道 新大橋を天寧寺より遠望:場所/天寧寺(三重塔の上・小公園)

        同じ構図を狙ってみました。

         天寧寺の三重塔。  別名「海雲塔」
                    建立寺には五重の塔でしたが、江戸期の1692年(元禄5年)に
                    上の2重を撤去し、三重塔になったたそうです。




        猫の細道には、猫をモチーフにした様々なオブジェが飾られています。




千光寺の境内脇からさらに下ると天寧寺の三重塔
天寧寺は、広島県尾道市東土堂町にある曹洞宗の寺院



           天寧寺 本堂
           天寧寺  五百羅漢




艮(うしとら)神社は、尾道旧市内で最も古いことで知られる由緒ある神社です⛩
その歴史は、平安時代にあたる806年までさかのぼるそう。






            駐車場ですが、「尾道通り」商店街のPARIGOT PARKING (パリゴ・パーキング)
     に停めました。 尾道ラーメンの店も近く、ロープーウェイ乗り場もすぐです。
     ※ 商店街の中でも、この「尾道通り」は24時間車両通行可能です!
       PARIGOT PARKING (パリゴ・パーキング) 57台収容、30分100円

白壁の町並み 倉敷美観地区 - 岡山県倉敷市中央・本町・阿知2022-11-15

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白壁の町並み 倉敷美観地区
白壁の蔵屋敷、なまこ壁、柳並木など、趣ある景観が楽しめる倉敷美観地区。
伝統的な建物が作り出す町並みや、倉敷川沿いのレトロモダンな風景




珈琲エル・グレコ
大原美術館に所蔵されているエル・グレコの《受胎告知》
その偉大な作家の名前を冠している純喫茶「エル・グレコ」

大原美術館   エル・グレコの"受胎告知"を見るための外国人が多いそうです。


大原美術館
昭和5年、倉敷の実業家大原孫三郎が設立したもので、西洋美術、近代美術を展示する私立美術館としては日本最初のものです。ギリシャ神殿風の本館の中には世界画壇の巨匠作品が多数展示されており、ツタにおおわれた石垣、門を入るとロダンの彫刻「洗礼者ヨハネ」「カレーの市民」の像が迎えてくれます。隣接して、分館、工芸・東洋館があります。 (倉敷観光Web)








国指定重要文化財 旧大原家住宅。
邸内は表からは想像できない景色。石畳に連なる倉群、静寂の日本庭園等々、落ち着いた雰囲気の中で、「倉敷の中の倉敷」をご堪能いただけます。(倉敷観光Web)

有隣荘
大原孫三郎が家族で住むために建てた大原家の旧別邸。独特の製法で焼かれた瓦は、見る角度によって緑色に光り、地元では「緑御殿」とも呼ばれています。


倉敷館(観光案内所)
1917(大正6)年に倉敷町役場として建てられた洋風木造建築。現在は観光案内所として観光ガイドや観光施設などの紹介を行う便利なスポットです。※倉敷市指定重要文化財


倉敷民藝館
江戸時代末期の米倉を改装したもので、白壁と黒の貼り瓦が美しいコントラストを描いています。
倉敷における古民家利用の第一号であり、伝統的建造物保存のきっかけとなりました。
(倉敷観光Web)



夕暮れの街並み










【倉敷アイビースクエア】
白壁のイメージが強い美観地区も産業観光の舞台です。
綿花や米の集散地として栄えた天領の町倉敷でしたが、明治になると紡績業で再興が図られ、代官所跡に倉敷紡績所が建設されました。
本社工場を再開発し、複合文化施設として再生したのがアイビースクエア。ツタ(=アイビー)のからまる赤いレンガが目をひく敷地内には、陶芸が体験できる工房やホテルなどがあり、創業当時の原綿倉庫を利用した倉紡記念館は、当時の産業の歩みを現代に伝えています。 (倉敷観光Web)








尾道の千光寺公園、福山城を廻って 15:30くらいのホテル到着。
チェックイン後、16:00くらいからの美観地区でしたが、おかげで夕暮れのライトアップまで楽しめました。

備中松山城(高梁城) - 岡山県高梁市内山下2022-11-16

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倉敷から岡山へ向かいます。
現存天守を持つ山城 備中松山城 を目指します。

日本100名城の一つ。現存天守12城の一つでもあり、この中で唯一の山城です。               
備中松山城では、天守と二重櫓の2棟の建物と三の平櫓東土塀の1基の土塀が国の重要文化財に指定されています。

賀陽ICから高梁へ向かう途中のループ橋当たりで、雲海らしきものを発見。
時間はAM 9:00、この時間で雲が残っているのにびっくりです。

城見橋公園到着
城まちステーション(備中松山城 登城整理バスのりば)
(シャトルバス)城見橋駐車場(5合目)~ふいご峠(8合目) 登城整理料 大人500円 




ふいご峠到着
備中松山城の御社壇に納められた三振の宝剣をこの場所で作らせ、その為に大きな「ふいご」が設置されていたことから、この名前がついたそうです。
ふいご峠から天守までが徒歩で約20~25分、700m、攻めます。





          中太鼓の丸跡石垣
御根小屋と天守との伝達手段として使われた太鼓の丸。下太鼓の丸と中太鼓の丸の二つの中継地点をもうけ、太鼓の合図で連絡を取り合っていたそうです。



        大手門跡・三の丸・厩曲輪石垣と土塀 

       ここの石垣は圧巻です。
       天然の岩盤の上に石垣を築き、更に土塀を建てる。山城の魅力です。





         三の平櫓東土塀  一部が国の重要文化財に指定されています。


          三の丸 と 厩曲輪石垣


                      三の平櫓跡

                      黒門跡、右に厩曲輪(うまやぐるわ)

                      黒門跡付近の紅葉

          黒門跡

                       四の平櫓跡

                      二の丸石垣    最も古い石垣

                      二の丸石垣の野面積(のづらづみ)を見ながら 、二の丸へ 



                         さんじゅーろー石製ベンチ

     二の丸跡から、復元された本丸南御門、五の平櫓の向こうに天守が姿を現す。

         現存12天守のひとつである備中松山城の天守が構える。


          本丸東御門

         本丸石垣、土塀を見ながら、二重櫓へ

          天守の北側、二重櫓




        高梁の街を見下ろしながら、ふいご峠まで歩きます。





備中松山城 天守 - 岡山県高梁市内山下2022-11-16

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標高430mの臥牛山頂上付近に建つ天守は、国の重要文化財です。
現存天守を持つ山城としては最も高い所にあります。
臥牛山の大きな自然の岩と人工的な石垣とがうまく組み合わされて、お城が築かれています。

鎌倉時代、有漢郷(現高梁市有漢町)の地頭秋庭重信が大松山に城を築いたのを起源とし、1683(天和三)年に水谷勝宗によって3年がかりで修築され、今の天守の姿になりました。

二層二階の典型的な山城だが、三層に見える様にデザインされています。
篭城戦を想定し、囲炉裏や装束の間が設けられており、二階には御社壇(神棚)があるのが特徴です。


        天守 入口です。  左の紅葉の櫓跡が 八の平櫓跡です。

               接続廊下(つなぎろうか)・・
       1階ではなく、本丸手前にあった 八の平櫓とつなぐ廊下である。
       
                      石落とし


                      囲炉裡・・天守の中に囲炉裡があるのは珍しい


                     武者窓(連子窓)

                     狭間  外側はなるべく小さく、内側を広くして見える範囲を広くする工夫が・・


「昭和15年(1940)に皇紀2600年の記念事業として松山城を修築した主なる修築関係者を記し後世に伝う」とあります。



                     装束の間 - 籠城時の城主一家の居室床下に石を入れ隙間のないようにし、
                 忍びの者でも侵入できないように工夫されている。
         装束の間 内部

          天守より、二重櫓を望む。


          天守 二階


                     御社壇(神棚)


         天守より本丸を望む。

         修復の跡



          接続廊下(つなぎろうか)
         三層に見えるのはこのせいですね!

                      八の櫓跡 ・・ 天守入口に向かう階段を登った所です。

         八の櫓跡の紅葉