現人神社 ― 福岡県那珂川市仲3丁目2021-06-05




住吉三神を祀る日本最古の神社

現人神社は住吉神社の発祥地と言われます。

「祓いの神」「仕事運の神」として祈祷が行われてきました。

底筒男命(そこつつのおのみこと)
中筒男命(なかつつのおのみこと)
表筒男命(うわつつのおのみこと)
の住吉三神をお祭りする最古の神社と言われています。


        那珂川市の指定文化財の鳥居





「この現人大明神の額は那珂川市の指定文化財で、この横にある那珂川市の指定文化財の鳥居に明治5年まで掛けられていました。」とあります。





現人神社の由緒
    全国に二千余社ある住吉三神をお祀りする神社。
    現人神社は、その住吉三神のルーツであり、最古の神社です。
はじまりは、世界が混沌としていた神話の時代。
世界を作りし男神・イザナギノミコトは、女神・イザナミノミコトが亡くなったことを嘆き悲しみ、黄泉の国(死んだ人がいく国)を訪ねます。しかし、女神・イザナミノミコトの体は腐って崩れており、男神・イザナギノミコトは怖くなって逃げだしました。
黄泉の国に行き死んだ人たちに触れてしまった穢れを祓うために、男神・イザナギノミコトが禊を行ったところ、三柱の神様が生まれました。この三柱、底筒男命・中筒男命・表筒男命のことを、「住吉三神」と呼びます。
この三神は穢れを祓う神様であり、また、 現世に人の姿で現れて、人々を導く神様として知られています。
神代の昔、イザナギノミコトは西隈の那珂川のほとりの立花木(現人神社のすぐそば)で禊を行ったと著名な国学者・青柳種信は、「筑前国続風土記拾遺」の中で考察しています。古代の海岸線は現在よりもかなり内陸に入れ込んでおり、弥生時代には福岡市内のほとんどが海中だったと九州大学名誉教授山崎光夫博士も唱えております。
これらのことから、イザナギノミコトが禊を行ったのは那珂川であり、住吉三神がうまれたのは現人神社のすぐ傍だったと理解できます。遙か昔から住吉三神は、この現人神社の地にお祀りされていました。

1800年前の仲哀天皇の御世に神功皇后が大陸遠征されたときには、住吉三神が「人の姿になって現れ」嵐をしずめ、水先案内をしました。嵐がしずまった海を渡り、無事に大陸遠征を果たした神功皇后は、神恩に感謝し、祈請(うけい)によって当地をお知りになりました。神功皇后は、「人として姿を現した」ことから住吉三神を「現人神」と呼び、那珂川の水を引いて神田を潤し五穀豊穣を祈念して、「現人大明神」の尊号を授けられました。    (現人神社HPより)










                        地禄神社



            沢山の「かざぐるま」が飾り付けられています。
     夏になると、願い結び風鈴が飾られるようです。


                       歴史ある巨大な神木
                       拝殿の横には巨大なご神木が見えます。
                       樹齢はなんとおよそ1000年なんだとか...


                      頂いたパンフをスキャンしました。



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