箱崎 Jazz & Beer Fes / 箱崎散策 ― 2026-11-01

筥崎宮参道で開催された箱崎 Jazz & Beer Fesへ! 合間に箱崎散策、箱崎御茶屋跡・網屋天満宮・車僧観音堂を散策してきました。








Jazz Fesの合間に箱崎散策

旧御茶屋跡之碑  福岡市東区箱崎2丁目10
 唐津街道の博多・福岡の入り口、箱崎宿。
 唐津街道の宿場であった箱崎宿に存在した、福岡藩主の別邸「御茶屋」。
黒田藩の、通称本陣とか大名宿ともいわれ、参勤交代の諸大名、重臣や幕府の要人等の宿泊、休憩に利用された別邸「御茶屋」がありました。




網屋天満宮(あみやてんまんぐう)
境内には、網屋天満宮のほか、聖観音(焼けずの観音)、恵比須神社、鯨の霊を弔う「鯨之標」、大師堂などがあります。


この天満宮は、享保10年(1725年)頃管原道真公をお祀りし浦人の守護神として代々祭礼を継承し、弘化3年(1846年)に新たに天神社殿を建立し天満宮として祀り、信仰を集めてきました。従来は、境内中央に東向きに社殿がありましたが、昭和29年(1954年)4月、東北側の現在地に南向きに移転、改築建立して、今日に至っています。
                      福岡市東区役所/箱崎校区自治協議会






車僧観音堂(くるまぞうかんのんどう)
 この車僧という人は深山正虎禅師という京都や奈良でお寺を開いた人らしいのですが、牛のいない壊れた牛車を自在に操る人物だったことから車僧と呼ばれていたのだとか。
車僧は博多の承天寺で僧侶になったそうで、箱崎にやってきた際にこの場所にあった松の木の上で坐禅し、そして車僧は観音様を深く信仰していたことからこの場所に車僧観音堂が建てられているのだそうです。







田之地蔵尊は、田畑の豊作と子供達の守護神として地域の人たちに祀られており、ご鎮座は昭和4年(1929)とされます






玉取恵比須神社は、筥崎宮の末社で、海上、漁業、商業の神様とされる事代主命を祭神としています。
また、ここは、正月3日の「玉せせり」の競り始め地点です。この祭りは約500年以上前に始まったとされ、約250人の締め込み姿の競り子たちが勢い水を浴びて玉を奪い合う勇壮な祭りです。
筥崎宮での玉洗い式が終わった陰陽の玉は、玉取恵比須神社で祭典が執り行われ、待ち構える子どもたちへ送り出されます。子どもたちは、大人と同じように勢い水を浴びて、重い玉を抱えたり持ち上げたりしながら筥崎宮近くの交差点まで進みます。その後、大人たちが玉を運び、楼門で待ち受ける神職に手渡します。陸部が勝てば豊作に、浜部であれば大漁になると言われています。                                                         福岡市東区役所/箱崎校区自治協議会