松浦総鎮守 鏡神社 ― 佐賀県唐津市鏡 ― 2026-02-03
鏡神社は、神功皇后が戦勝を祈願するために、鏡山山頂に祠を建てたのが始まりと伝えられています。唐津で最も古い神社で、源氏物語の「玉鬘の巻」にも歌が詠まれています。また、社宝の絹本着色楊柳観音像は、国の重要文化財に指定されています。 - 唐津観光協会
♢一ノ宮♢
御祭神 息長足姫命(神功皇后)
創 建 仲哀天皇9年(西暦200年頃)
御神徳 武運長久・勝運・開運・聖母・子宝・安産
御祭神 息長足姫命(神功皇后)
創 建 仲哀天皇9年(西暦200年頃)
御神徳 武運長久・勝運・開運・聖母・子宝・安産
♢二ノ宮♢
御祭神 藤原廣嗣朝臣
創 建 天平17年(西暦745年)
御神徳 文武両道・魔除け・悪縁退散・心願成就・歌舞音曲
御祭神 藤原廣嗣朝臣
創 建 天平17年(西暦745年)
御神徳 文武両道・魔除け・悪縁退散・心願成就・歌舞音曲
御神木
御旅所
~松浦なる鏡の神~
鏡神社は鏡山の西側麓にあります。古来より松浦地方(現在の糸島~長崎)の総社として尊崇され、松浦三社の一位として歴代唐津藩主が第一に参拝する祈願所として定められていました。また、源氏物語に「松浦なる鏡の神」と詠われ、遥かなる時を越え今もなお、松浦地方の鎮守神と親しまれる神社です。御祭神は一の宮には息長足姫命(神功皇后さま)、二の宮には藤原廣嗣朝臣を主祭神として祭祀をいたしております。また楊柳観音菩薩(重文)を始め立神様やお地蔵様なども神道で祭祀を致しており、神仏習合の名残を今も受け継いでいる神社です。
御由緒
鏡神社は古来一の宮は鏡宮・松浦宮・松浦明神・鏡明神・御香宮などと称され、二の宮は鏡尊廟宮・松浦廟宮・板櫃社・板櫃明神・御霊社などと称されておりました。そして、上松浦下松浦の総社として、松浦三社の一位に列せられ祈願所と定められ、松浦地方の大社として尊崇されております。 松浦総鎮守 鏡神社 HPより
鏡神社は鏡山の西側麓にあります。古来より松浦地方(現在の糸島~長崎)の総社として尊崇され、松浦三社の一位として歴代唐津藩主が第一に参拝する祈願所として定められていました。また、源氏物語に「松浦なる鏡の神」と詠われ、遥かなる時を越え今もなお、松浦地方の鎮守神と親しまれる神社です。御祭神は一の宮には息長足姫命(神功皇后さま)、二の宮には藤原廣嗣朝臣を主祭神として祭祀をいたしております。また楊柳観音菩薩(重文)を始め立神様やお地蔵様なども神道で祭祀を致しており、神仏習合の名残を今も受け継いでいる神社です。
御由緒
鏡神社は古来一の宮は鏡宮・松浦宮・松浦明神・鏡明神・御香宮などと称され、二の宮は鏡尊廟宮・松浦廟宮・板櫃社・板櫃明神・御霊社などと称されておりました。そして、上松浦下松浦の総社として、松浦三社の一位に列せられ祈願所と定められ、松浦地方の大社として尊崇されております。 松浦総鎮守 鏡神社 HPより
鏡山(かがみやま)― 佐賀県唐津市鏡 ― 2026-02-03
いつものドライブコースで、七山でランチ。
帰りに、数十年ぶりに唐津の鏡山へ!
鏡山は標高284mの山で、眼下に市街地はもちろん、国の特別名勝・虹の松原や唐津湾をも望む、絶景を誇る名所です。
鏡山山頂には、展望台や休憩所、芝生の広場が整備され、桜やツツジなどの花の名所でもあります。山頂へ続く、曲がりくねった4キロの道のりは絶好のドライブコースでもあります。
鏡山山頂には、展望台や休憩所、芝生の広場が整備され、桜やツツジなどの花の名所でもあります。山頂へ続く、曲がりくねった4キロの道のりは絶好のドライブコースでもあります。
先ずは、唐津湾が見える展望台へ。 かなり距離があります。
左が唐津市内、浜玉まで続く 虹ノ松原。
日本三大松原である「虹の松原」で約100万本のクロマツが防風・防潮のため
群生しています。
鏡山山頂にある佐用姫の陶像
『肥前風土記』や『万葉集』にも登場する松浦佐用姫の悲恋物語の舞台としても有名です。
展望台からお土産屋さんに向かって歩いていると、歩道下に鳥居を発見。
案内図によると、鏡山稲荷神社とありますが・・・ 扁額は「領巾麾山」とある。
調べると、
松浦佐用姫(まつらさよひめ)は、現在の唐津市厳木町にいたとされる豪族の娘。単に佐用姫(さよひめ)とも呼ばれる。
大伴狭手彦の妾(つま)で、その朝鮮遠征(6世紀)を鏡山から領巾(ひれ)を振って見送り、悲痛に別れを惜しんだとされ、そのとき登攀していた山が領巾麾之嶺(ひれふりのみね)と呼ばれるようになった(現在の鏡山である) by (Wikipedia)
大伴狭手彦の妾(つま)で、その朝鮮遠征(6世紀)を鏡山から領巾(ひれ)を振って見送り、悲痛に別れを惜しんだとされ、そのとき登攀していた山が領巾麾之嶺(ひれふりのみね)と呼ばれるようになった(現在の鏡山である) by (Wikipedia)
よくわかりませんが・・・
鳥居から少し下ると
【鏡山神社】
登りの車道にある神社入り口
駐車場前の神社入り口
鏡山、鳥居と本殿です
凛々しいお稲荷さまが守られていました。
佐用姫神社へ向かいます。
佐用姫神社前の展望台より、虹の松原を望む
櫛田神社の節分名物、日本一大きいお多福面 - 福岡市博多区上川端町 ― 2026-01-16
諏訪神社 ― 佐賀県唐津市(旧東松浦郡浜玉町) ― 2026-01-10
諏訪神社は、その創建が784年(延暦3年)と伝えられる
佐賀県唐津市浜玉町(旧東松浦郡浜玉町)に鎮座する由緒ある神社です。
御神砂、お守り、受所
諏訪神社入り口の右横には宮司さんのお宅があり、神砂などのお守りはこちらでいただけます。
拝殿
拝殿の真ん中に鷹が奉られています
御本殿
御神木 大楠
この社の前の大楠は、諏訪姫様の愛鷹の、化身といわれています。その根元が愛鷹の爪で、其の爪がグッと台地に食い込んで、ご本殿に祀られてある諏訪姫様を今もなおしっかりと護っております。 境内案内板より
道祖神社 御祭神・・・猿田彦命(雄石)、天宇豆目命(雌石)
境内に祀ってある夫婦岩。55年ほど前に近くの野田という部落で「女岩」が夜毎にすすり泣くといわれ、先代宮司と村人が相談の上、諏訪神社に前からあった「男岩」に嫁入りさせ、その後鳴き声はきこえなくなったという話しである。「道祖神」として祀られ、その後、「縁結び」「夫婦円満」「子授け」の神として参詣者が後を絶たないそうです。
境内に祀ってある夫婦岩。55年ほど前に近くの野田という部落で「女岩」が夜毎にすすり泣くといわれ、先代宮司と村人が相談の上、諏訪神社に前からあった「男岩」に嫁入りさせ、その後鳴き声はきこえなくなったという話しである。「道祖神」として祀られ、その後、「縁結び」「夫婦円満」「子授け」の神として参詣者が後を絶たないそうです。
御神苑
御神苑の奥の一番高い所が古墳(自害された諏訪姫様を祀る)と謂われています。
謝罪の松
御神苑のなかに幹がねじれた松の木があります。
御神苑のなかに幹がねじれた松の木があります。
これは、諏訪姫様の愛鷹をかみ殺した蝮が、古墳に眠っておられる諏訪姫様に、
のたうち回りながら謝罪をしているところから、
「のたうち回りの松」又は「謝罪の松」と謂います。
祇園社
社殿の四隅を支える人の姿が・・・
抱擁の木
諏訪姫様と誓来の永遠の愛の契りが具体化したこの抱擁の樹は、インド密教の世界では「歓喜仏」と称して、もの凄いエネルギーが存在します。故に偉大な仏と謂われ、畏敬と尊厳の象徴として崇拝されています。 境内案内板より
諏訪姫様と誓来の永遠の愛の契りが具体化したこの抱擁の樹は、インド密教の世界では「歓喜仏」と称して、もの凄いエネルギーが存在します。故に偉大な仏と謂われ、畏敬と尊厳の象徴として崇拝されています。 境内案内板より
末社殿の鳥居 境内の奥の方には、末社が並んでいます
皇大神宮・道祖神社・稲荷神社・天満宮
諏訪神社の概要
諏訪神社は、その創建が784年(延暦3年)と伝えられており、非常に長い歴史を持っています。所在地は、佐賀県唐津市浜玉町です。祭神としては、建御名方神(たけみなかたのかみ)、八坂刀売神(やさかとめのかみ)、そして諏訪前命(すわさきのみこと)が祀られています。特に諏訪前命にまつわる伝説が有名で、百済からの渡来人との悲恋物語が神社の由来として語り継がれています。
諏訪前命と百済の伝説
百済から渡来した鷹使い「誓来(せいらい)」が大和朝廷に鷹を献上するために訪れた際、朝廷から遣わされたのが、大矢田連の娘である諏訪姫でした。誓来は諏訪姫に鷹狩の技術を教え、二人は恋に落ちました。しかし、誓来は祖国に戻らなければならず、別れの時が訪れます。その際、鷹狩が行われましたが、誓来の鷹がマムシに絞め殺されてしまいます。これを悲しんだ諏訪姫は自害し、その後、彼女は諏訪神社に祀られることになりました。この伝説から、諏訪神社の砂には「マムシ除け」のご利益があるとされています。
諏訪神社の歴史
諏訪神社の創建は、延暦3年(784年)と伝えられていますが、諏訪姫の物語が語る時期と百済の存在した時期が一致しないため、西暦500年頃に創建されたともされています。応仁の乱の際には戦火に巻き込まれて焼失しましたが、その後、規模を縮小して再建されました。
豊臣秀吉が文禄・慶長の役のために名護屋城へ向かう途中、この神社に戦勝祈願のために参拝したとの記録も残っています。この時、地元の住民が献上した「けえらん」という餅菓子は、現在でも神社周辺で土産物として販売されており、地域の特産品となっています。
by 佐賀県 観光 © mytabi
諏訪神社は、その創建が784年(延暦3年)と伝えられており、非常に長い歴史を持っています。所在地は、佐賀県唐津市浜玉町です。祭神としては、建御名方神(たけみなかたのかみ)、八坂刀売神(やさかとめのかみ)、そして諏訪前命(すわさきのみこと)が祀られています。特に諏訪前命にまつわる伝説が有名で、百済からの渡来人との悲恋物語が神社の由来として語り継がれています。
諏訪前命と百済の伝説
百済から渡来した鷹使い「誓来(せいらい)」が大和朝廷に鷹を献上するために訪れた際、朝廷から遣わされたのが、大矢田連の娘である諏訪姫でした。誓来は諏訪姫に鷹狩の技術を教え、二人は恋に落ちました。しかし、誓来は祖国に戻らなければならず、別れの時が訪れます。その際、鷹狩が行われましたが、誓来の鷹がマムシに絞め殺されてしまいます。これを悲しんだ諏訪姫は自害し、その後、彼女は諏訪神社に祀られることになりました。この伝説から、諏訪神社の砂には「マムシ除け」のご利益があるとされています。
諏訪神社の歴史
諏訪神社の創建は、延暦3年(784年)と伝えられていますが、諏訪姫の物語が語る時期と百済の存在した時期が一致しないため、西暦500年頃に創建されたともされています。応仁の乱の際には戦火に巻き込まれて焼失しましたが、その後、規模を縮小して再建されました。
豊臣秀吉が文禄・慶長の役のために名護屋城へ向かう途中、この神社に戦勝祈願のために参拝したとの記録も残っています。この時、地元の住民が献上した「けえらん」という餅菓子は、現在でも神社周辺で土産物として販売されており、地域の特産品となっています。
by 佐賀県 観光 © mytabi
景観を守る建物、けいらん屋さんも・・・
2026年 初ドライブ 唐津市七山 Funny Nanayamaへ ― 2026-01-09
長閑な山里で心地良い音楽が流れる COFFEE & JAZZ・ROCK FUNNY NANAYAMA
今日も美味しいランチをいただきました。
中央の大木は、佐賀の銘木ホルトノキ(樹齢350年)、その左の建物が滝川公民館。
右奥のグリーンのお店がFunny Nanayamaです。横の橋は今も半分倒壊しています。
2023年7月10日に、佐賀県唐津市七山で大雨特別警報が発令。
土砂崩れで、県道や市道などが寸断されました。
土砂崩れで、県道や市道などが寸断されました。
この地が、映画にも使われました。
映画『傲慢と善良』 辻村深月原作 2023年最大のベストセラー小説の映画化
ボランティアに行ってからのシーンが七山で展開され重要なシーンとなっています。
Funny Nanayamaと災害支援ボランティアセンター(滝川公民館)がたっぷり登場します。
Funny Nanayamaと災害支援ボランティアセンター(滝川公民館)がたっぷり登場します。
2024/10のblog です https://kaz1001.asablo.jp/blog/2024/10/03/9721604
心地良い音楽が流れる COFFEE & JAZZ・ROCK FUNNY NANAYAMA
時々、無性に行きたくなるお店です
時々、無性に行きたくなるお店です
いつものコースで、那珂川を抜け、曲渕-三瀬峠-北山ダム北側-北天グリーンロード-
佐賀市と浜玉町を結ぶR323を走り、七山へ。
我が家からFunny Nanayamaまで、1時間15分くらい。
那珂川市を抜けると、数えるほどの信号しかありません。
青丸の三瀬村三瀬の交差点から唐津市七山、滝川の信号まで18.5km、約20分ほど 信号はありません。 快適なドライブコースです。



































































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