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大杣公園祭-良成親王の御陵墓 八女市矢部村北矢部御側2019-10-08

大杣公園祭(おおそまこうえんさい)
           開催日 10月8日(毎年)
           場 所 八女市矢部村北矢部字御側「大杣公園」
           10:00 式典開始

4、5年前、こんな記事を見て興味を持った行事である。
「矢部村では、縁のある後征西将軍良成親王の御陵墓で開かれる祭りでそばを振る舞う伝統があり”将軍そば”として親しまれてきた、地鶏からスープでこしのある太麺を煮込んだもの「なつかしい味」として喜ばれている。」

近年は、南北朝の南北朝の動乱に興味を持ちました。
九州では肥後国の菊池氏を中心とする南朝の支持勢力が盛んで、後醍醐天皇の皇子懐良親王(かねながしんのう)を擁する南朝方勢力と、幕府方との間で激戦が繰り広げられました。
菊池氏の本拠・菊池市、大保原合戦のあった小郡市・久留米市、南北両党が制覇を繰り返した大宰府、南朝最後・良成親王が拠点とした八女市。将軍藤、将軍そば 等々興味がそそります。

ということで、八女市矢部村北矢部字御側「大杣公園」へ向かいました。
八女市役所矢部支所の手前を左折、4kmほど進むと、キャンプ場付近に臨時駐車場があり、
役所の方が誘導されてました。「送迎バスが来ますのでバスを利用してください」とのこと。





            祭員入場


            斎主祝詞奏上
            
            祭主祭詞を奉る、来賓の方々の、玉串奉奠が続きます。
            主催者八女市長挨拶、宮内庁陵墓事務所挨拶、来賓挨拶

            神事奉納です。
○公卿唄(市指定無形民俗文化財) 良成親王が矢部の里に籠られた折、京都からお供してきた公卿たちが唄って慰めたといいます。この里の「祝い唄」として、今も唄い継がれています。


浦安の舞 、巫女たちによって奉納されます。



○浦安の舞 昭和15年に皇紀2600年を記念して作られた神楽舞、心中の平穏を願い巫女たちによって奉納されます。

            五條墓掌挨拶

            祭員退場

頂いた資料をスキャンしました。



大杣公園祭(おおそまこうえんさい)
八女市矢部村御側(おそば)には、南朝最後の親王「良成親王(りょうせいしんのう)」の御陵墓があります。宮内庁が陵墓を明治11年(1878年)に良成親王の墓と認定ました。毎年、良成親王命日である10月8日に「大杣公園祭」を開催し、良成親王を偲び先人に感謝する行事としています。親王の御霊を慰めるために、御陵墓の前で、公卿唄や浦安の舞、剣道相撲が奉納されます。

開催日 10月8日(毎年)
場 所 八女市矢部村北矢部字御側「大杣公園」
※雨天の場合は矢部公民館に会場変更
10:00 式典開始
12:00 式典終了 直会
13:00 奉納剣道相撲大会

解 説
良成親王は、後村上天皇第六皇子で、後醍醐天皇の孫にあたり叔父の征西将軍懐良親王と共に南朝の再興のために九州各地で戦いました。1392年、南朝は北朝に統一しますが、その後も南朝精神を貫き、35、36歳で矢部の地でなくなりました。それから約600年間、五條氏と村人は密かに親王の御霊を慰め守ってきたのです。

○公卿唄(市指定無形民俗文化財) 良成親王が矢部の里に籠られた折、京都からお供してきた公卿たちが唄って慰めたといいます。この里の「祝い唄」として、今も唄い継がれています。
○浦安の舞 昭和15年に皇紀2600年を記念して作られた神楽舞、心中の平穏を願い巫女たちによって奉納されます。
                                     八女市HPより


「御側」(おそば)の地名
この御陵墓に向かう道沿いの小さな集落は「御側」と呼ばれます。親王お付きの人々が近くに住んだことにちなむ名といいます

宮内庁陵墓(くないちょうりょうぼ)
宮内庁書陵部陵墓課が管理する皇室の墳墓の総称。
後征西将軍宮 良成親王墓は、明治11年(1878)に現在の宮内庁が陵墓に認定し、代々、五條家の子孫が守部(しゅぶ)に任命され御陵墓を守っています。

宮内庁陵墓守部(しゅぶ)として「大杣御陵墓」を守る現・五條家当主は、懐良親王に仕えた初代・五條頼元から数えて24代目。この間、南北朝時代のゆかりの品が大事に守られてきました。
9月23日、年に一度、虫干しを兼ねて「金烏の御旗」などの貴重な歴史資料が一般公開されます。






来賓の方は、上の会場で直会
一般の参拝客は、下の会場で有料で頂けます。



           将軍そば、そば切りセット 
           手づくりのこしのある太麺そばと地鶏が煮込まれて美味しかった。






4月29日(昭和の日)、小郡市教育委員会主催・地元の史跡案内ボランティアさんが行う「合戦の道」ハイキングがあります。来年は参加してみたいと思います。

筑前國一之宮 住吉神社 例大祭 流鏑馬行事(小笠原流)2019-10-13

例大祭(相撲会大祭)【住吉神社】
例大祭(相撲会大祭)とは神功皇后が渡韓された際、住吉大神の御神徳により無事御帰還されたことに対して感謝され、「相撲」と「流鏑馬」とを以て御神慮を慰められました。
この起源により、別名「相撲会大祭」といわれ、現在でも稚児行列・流鏑馬・少年相撲が奉納されています。


昨年は、場所取りに終始してほとんど参道にいました。
今年は、ゆっくり 神事から参加しました。




神事が終わり、直会会場へ。





お馬さんの様子を見に行きました。



境内で、お馬さんを慣らしていく様子です。
今年は、初参加の4歳馬がいるとのことで、落ち着かせるのが大変みたいでした。

巫女さんは、神事のお片付けです。

神殿にご挨拶。
那珂川へ、お汐井取りへ。
昨年は、参道から向かわれましたが、今年は社務所から外の道路を向かいます。

ひょうたん池の横を那珂川へ。
那珂川のほとり、セブンの駐車場。 燈籠の前で参拝。


ひょうたん池から参道へ。




いよいよ流鏑馬のスタート。




お疲れ様でした。 昨年は、お馬さんを落ち着かせるため境内の樟の周りを何周かされてましたが、今年は控えの場所へまっすぐでした。


また、住吉神社参道では輸入雑貨市が開催されます。
大博多輸入雑貨市【住吉神社参道】


熊本城特別公開始まる2019-10-20

娘夫婦と孫二人、熊本城一口城主です。
以前は、小天守内に名札(芳名板)がありましたが、現在では「熊本城ミュージアムわくわく座」2階のデジタル芳名板で見ることができます。復興の様子と芳名板を見に熊本城へ向かいました。

2019年10月から熊本城特別公開始まる
熊本地震の本震からもうすぐ3年。
2019年10月5日からの特別公開、大天守の復旧が進んでいます。
2018年4月には2体の鯱が設置され、11月末には大天守の石垣の積み直しが完了しました。





熊本市で19、20日に開催される「サンタクロース国際会議」があり、サンタと触れ合うレクリエーションも・・・   「サンタはハグや写真撮影もオーケー」とPR。





特筆すべきは、
「鹿児島市、福岡市、北九州市、熊本市交通連携協定に基づき、鹿児島市、福岡市、北九州市内の小中学生及び65歳以上の方も免除になります。証明できるものをご提示ください。」 と
一番下に書いてありました。普通、熊本市内在住のみですが、びっくりです!
支払い後に気づき、返金していただきました。






          戌亥櫓  仮設道路より北を望む


         奉行丸 南大手門




          宇土櫓



          天守 西側より

          天守 東側より




        本丸御殿




        首掛石、地図石の広場より





「桜の馬場 城彩苑」 




娘夫婦と孫二人、熊本城一口城主です。
以前は、小天守内に名札(芳名板)がありましたが、現在では「熊本城ミュージアムわくわく座」2階のデジタル芳名板で見ることができます。



「復興城主」による寄付は20億円を突破
2019年に入り、熊本地震で被災した熊本城の復旧費用に充てる「復興城主」制度による寄付が、20億円を突破したというニュースが駆けめぐりました。「復興城主」制度は、1万円以上を寄付すると「城主手形」と「城主証」が発行され、さらに「熊本城ミュージアムわくわく座」2階のデジタル芳名板に登録される制度です



地震の前は、小天守2階、3階で芳名板を見ることができました。



駐車場横の広場には、修復中の石垣にナンバーが書かれて並んでいます。

櫛田神社浜宮(博多ふ頭)、浜宮祭・神輿潔め2019-10-22

櫛田神社浜宮(博多ふ頭)で、浜宮祭・神輿潔めが行われました。
浜宮は、博多港、ベイサイドプレースにありますポートタワーの北側にある公園の一角にあります。


 五穀豊穣(ごこくほうじょう)に感謝する櫛田神社(福岡市博多区上川端町)の秋季例大祭「博多おくんち」が23日に開幕するのを前に、祭りのみこしを洗い清める「神輿潔(みこしきよ)め」が22日、同区築港本町の櫛田神社浜宮でありました。

お参りをして、御神酒(あま酒)と紅白のお饅頭を頂きました。
午後4時 櫛田神社で神事の後出発、4時30分くらいから神輿清めだそうです。















櫛田神社浜宮   博多おくんち 神輿潔め
10月22日(土)
・午前10時 浜宮祭(~午後3時まで、浜宮にて甘酒無料接待)
・午後4時 神輿清め(博多築港浜宮まで)
・午後6時より 博多灯明ウォッチング(~午後9時まで、神社境内)
・午前10時~午後4時 五穀豊穣市(神社境内で新鮮な野菜や魚を販売。売切れるまで)

櫛田神社浜宮   博多おくんち 神輿潔め
博多おくんちは、約1200年の歴史があって、福岡県福岡市博多区にある櫛田神社の秋の例祭です。秋の豊穣に感謝する祭りです。毎年10月23日と24日に本祭が開催されます。


豪華客船が、タグボートに引っ張られ出港していました。

門司港レトロ散策2019-10-31

門司港レトロ散策
2019年3月に復活した、門司港駅に行ってきました。
久々の門司港でしたので、ゆっくり歩いて廻ってきました。

門司港駅(旧門司駅)   門司区西海岸1-5-31
明治24(1891)年に九州鉄道の起点駅として門司駅が開業。
門司港地区の発展に伴って、大正3(1914)年に二代目の門司駅として現在の場所に移転新築。
昭和17(1942)年に門司港駅と改称して現在に至る。
令和元年(2019)3月10日、大正ロマンあふれる門司港駅が復活!



旧大連航路上屋と海峡ミュージアム



旧大連航路上屋
出入り口脇、半円形に飛び出す監視室。左「階下 旅具検査場」  右「階上 待合室」の表示

入ってすぐ右側には大階段
アール・デコ風の階段親柱

2階に上がると、長い回廊  海岸を眺めながら歴史を振り返る展望ゾーン


旧大連航路上屋(松永文庫)    門司区西海岸1丁目3-5
旧大連航路上屋は、日本と中国を結ぶ大連航路(日満連絡船)の発着所として昭和4(1929)年に竣工された建物です。大連航路上屋や大連航路待合室と呼ばれ、昭和4(1929)年の完成から第二次世界大戦の終戦で航路が断絶するまで日本の玄関口として重要な役割を果たしてきました。
設計は国会議事堂や横浜税関などを手がけた著名な官庁建築家・大熊喜邦が担当し、幾何学模様を取り入れたアール・デコのデザインが特徴です。
1階に映画・芸能資料館「松永文庫」があります。








マリンゲートもじ 船のりば

のりばより、門司港レトロ展望室   門司港ホテルを望む。





旧門司三井倶楽部   門司区港町7-1
旧門司三井倶楽部は、大正10(1921)年に三井物産株式会社門司支店が山手の新興住宅地、谷町に建設した接客施設です。建物は接客用の洋風の本館と、サービスのための設備を備えた和風の附属屋から構成されています。
現在この建物は、レストラン、集会場、演奏会場など、市民の憩いの施設として再生・活用されています。





旧大阪商船   門司区港町7-18
明治17(1884)年に設立された海運会社・大阪商船の、門司支店として使われていたのがこの建物です。



ブルーウィングもじ
門司港レトロ展望室 (黒川紀章氏が設計した高層マンション『レトロハイマート』)




旧門司税関     「ブルーウィングもじ」より望む



旧門司税関    門司区東港町1-24
旧門司税関は、明治45(1912)年に建設された税関庁舎です。初代は完成してすぐに火事で焼失したため、現存する建物が二代目になります。昭和2(1927)年に三代目の庁舎となる旧合同庁舎が完成するまで使用されました。
現在の旧門司税関は、初代庁舎の跡地に建てられたものです。妻木頼黄(つまきよりなか)による指導のもと、建築技師の咲寿栄一によって設計されました。



門司港レトロ展望室    門司区東港町1-32
門司港レトロ展望室は、日本を代表する建築家・黒川紀章氏が設計した高層マンション『レトロハイマート』の31階にあります。



大連友好記念館(旧北九州市立国際友好記念図書館)   門司区東港町1-12
明治35年、帝政ロシアが大連市に建設したドイツ風建築物を平成6年に復元したもの。
北九州市・大連市友好都市締結15周年を記念して建築された。










出光美術館(門司)、左のオシャレな壁の裏が、駐車場です。
出光美術館(門司)は、平成12年4月、出光コレクションを展示する美術館として門司港レトロ地区に開館。開館当初は大正期の倉庫の雰囲気をそのままに残しておりましたが、建物を改築し、平成28年10月28日にリニューアルオープンしました。





昼食は、ココ。 Hard Bop & Funky Jazz 六曜館
知り合いのギタリストが営む Jazz 喫茶で焼きカレーをいただきました。








門司港レトロから、和布刈神社、和布刈公園へ足をのばしました。