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日本銀行福岡支店建て替え着工 - 福岡市中央区天神2018-01-05

日銀福岡支店、建て替え着工、21年度末に完成! の報道を見て、写真を・・・
お正月の交通量が少ないときに行ってきました。











日銀福岡支店、建て替え着工、21年度末に完成!

昭和16年(1941年)12月1日・・・・・・・・・福岡支店開設
      開設当時の旧店舗(所在地は、福岡市天神町〈現西鉄イン福岡敷地〉)。
      現店舗移転後の昭和27年(1952年)3月7日、出火により旧金庫館を除き焼失。
昭和26年(1951年)9月9日・・・・・・・・・福岡支店の営業所を現店舗へ移転
      新築当時の現店舗。ルネッサンス建築を根幹とした設計で、日本銀行の営業所としては、
      戦後 初めての鉄筋コンクリート造りの本建築。 
                                                      (日本銀行福岡支店HPより引用)
日銀福岡支店は1951年建築で築年数は66年になる。
 工事は段階的に進める。まず敷地内の倉庫や車庫を解体して更地にしたうえで19年末をメドに「1期棟」を建てる。1期棟で業務を続けながら現店舗を解体。「2期棟」を建設し、完成させる。
 そうです。                                                
(もっと古いかと思ってました。外観はルネサンス様式を取り入れた現支店の雰囲気を残す。と言われていますが・・・   寂しいような、楽しみなような???)




ついでに、お向かいの福岡市赤煉瓦文化館も訪れました。

 福岡市赤煉瓦文化館
明治時代の我が国を代表する建築家・辰野金吾と片岡安の設計により、
日本生命保険株式会社九州支店として明治42年(1909)に竣工。赤煉瓦と白い花崗岩の外壁は、19世紀末のイギリス様式で、ほかに尖塔やドームなど、小規模ながら変化に富んでいる。
平成2年(1990)まで市歴史資料館として使用された後、平成6年(1994)2月、有料の会議室等を備えた
市民に開かれた施設「赤煉瓦文化館」としてオープン。平成14年(2002)5月からは、1階の一部が「福岡市文学館」として使用され、文学に関するさまざまな情報を収集・提供している。
(福岡市HPより)


おまけ・・・
以前(2009-01)、赤煉瓦文化館の100周年でリボンがクレーンでかけられた時に撮ったものです


西中島橋と桝形門 - 福岡市中央区天神・博多区中州中島町2018-01-06



                    那珂川にかかる西中島橋。手前が福岡側、奥が博多側。
                                                                  綾杉立体駐車場の屋上から


               橋の中央にベンチと案内板があります。 枡形門のイラストと説明です。




               西中島橋と桝形門
                           「博多図、並びに賛」 福岡市美術館所蔵の仙涯和尚の絵が
                            レリーフとなって埋め込まれています。



1800年頃の博多・福岡の様子が見れる貴重な資料。「福岡城下町・博多・近隣古図」より


桝形門跡
福岡城築城のさい、今の西中島橋がかかる那珂川西岸に枡形門と石垣を築き、
博多方面からの攻撃に備えました。
城下町福岡と商人の町博多を分けていたこの門と石垣は、明治22年撤去され、
福博の通行のさまたげがなくなりました。(福岡歴史なびHPより)

コの字形の枡形門の
北門を出ると唐津街道、橋口町方面へ。南門を出ると福岡城大手門に通じる天神町でした。

唐人町散策・唐津街道 - 福岡市中央区唐人町2018-01-06




唐津街道に沿って町家が立ち並び、これが後の唐人町商店街に発展したそうです。
1784年(天明4年)、福岡藩の藩校として西学問所「甘棠館」が設立された。
唐人町はヤクルト創業の地でもある。
黒門に、水導観世音菩薩がありますが、ここも湧き水でしょうか?

歴史を感じる町家がありました。



黒門川とおりを当仁小の方に歩くと、「せせらぎがっぱ」があります。




かっぱから、Uターンして当仁小グランド沿いに曲がると、甘棠館跡。







             黒門通りより東へ向かう唐津街道

                    西側、商店街が昔の唐津街道です。



                   商店街を抜けて、西側の入り口です。

         商店街を抜けて直進すると、瑞雲山 善龍寺。(ちなみに親戚の菩提寺である)

              



商店街を抜けて、南へ向かう道が唐津街道です。 信号は202号線です。

                    202号線から、さらに南に唐津街道が続きます。西新方面へ。



唐人町はヤクルト創業の地でもある。
瑞雲山 善龍寺の裏、駐車場の一角にあります。
通称、ホークスとうじん通り沿いです。

「機巧(からくり)と絣(かすり)」 - 久留米シティプラザ展示室2018-01-07

文字書き人形の実演が披露されたニュースを見て、企画展を知りました。
1月7日にも実演があるとわかり訪れました。


「みる、きく、そうぞうする 機巧(からくり)と絣」
「からくり儀右衛門」こと発明家の田中久重と、久留米絣の創始者である井上伝。
「からくり」と「絣」の作品を通じ、久留米が生んだ先人2人の偉業を体感していただく企画展。


展示室1には、実演用のからくり人形がスタンバイしていました。

展示室2には、久留米絣の壁が・・・・・
はじめは何かわかりませんでした。
明治~大正時代に制作された布団地でした。




展示室3は、機巧(からくり)の部屋。

田中久重(1799~1881年)が作ったからくり人形「文字書き人形」を歴史資料として購入。
寿▽松▽竹▽梅--の4文字を書き「からくり儀右衛門」と呼ばれた久重の人形の最高傑作とされる。取得額は6000万円(税・諸経費込み)で、ふるさと納税の寄付金を充てる。
                                                                                               (新聞記事より)

                                                  「文字書き人形」











                      しくみ体験コーナー              
                     右の体験模型、茶酌童子??は、ハンドルを回して動かすことが出来ます。



本年度購入したからくり人形「文字書き人形」を初お披露目は、2日、3日でした。
本日7日は文字書き人形の精巧なレプリカの実演がありました。
同市が以前から所有していた「弓曳き童子」も併せて実演されました。

                   最後に、人形が書いた文字12枚をじゃんけんでお客様にプレゼント!!

「鼓の胴の松飾り」 - 佐賀城本丸歴史館2018-01-07

佐賀城鯱の門及び続櫓

佐賀城本丸歴史館



御玄関に「鼓の胴の松飾り」の飾り付け






御玄関に「鼓の胴の松飾り」の飾り付け

「鼓の胴の松飾り」は、佐賀藩独自の伝統の正月飾りです。松飾りの大きさは幅120センチ。
佐賀市蓮池町「鼓の胴の松飾り保存会」のメンバーが制作しました。

このしめ飾りは米俵を基本とし、子孫繁栄を願いユズリハやダイダイが添えられています。

由来は、「1638年、閉門を命じられていた佐賀藩主鍋島勝茂公が、年末を迎えた江戸・鍋島屋敷でひっそりと新年を迎えようとしていたが、12月28日に処分が解かれた。不意の開門で正月の準備がなく、納屋にあった米俵などを用いてにわかに松飾りを作り、その形が鼓の形に似ていたので鼓の胴の松飾りといいこれを吉例とした」とのことです。1月15日まで御玄関に飾られます。
                                                                (佐賀県観光連盟HPより)