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中津城 (日本三大水城) - 大分県中津市二ノ丁2017-03-11

大分県中津の城下町を散策しました。




中津城の歴史を簡単に
1587年(天正15年) - 黒田孝高(如水)、秀吉より豊前国6郡12万3000石を与えられる。馬ヶ岳城に入城。
1588年(天正16年) - 黒田孝高(如水)は、領地の中心である山国川河口に中津城の築城を始めた。
1600年(慶長5年)  - 黒田家は関ヶ原の長政の戦功により筑前52万石名島城に転封となり築城が中断される。
1600年(慶長5年)  - 細川忠興が豊前国と豊後国2郡39万石で入封。大修築を開始する。
1621年(元和7年)  - 扇形の縄張りに拡張され、中津城が完成。
1632年(寛永9年)   - 細川家の熊本藩転、小笠原長次が8万石で入封し事実上中津藩が成立。
1717年(享保2年)    奥平家第七代昌成公が中津十万石の領主として入城。
1871年(明治4年)    廃藩置県により中津城は廃城。小倉県中津支庁舎となる。
1964年(昭和39年)   旧藩主奥平家が中心となり、中津市民からの寄付も合わせて天守閣が建造された。

模擬天守です。
天守の存在については不明である。
中津城の天守等の絵図が残されてなく、山口の萩城の図を参考に作られたらしい。

内堀は当時のままらしく、水門より海水が入って潮の干満で水が増減する水城だそうです。
高松城、今治城とともに日本三大水城に数えられています。
石垣と、海近く河口に立つ姿は興味をそそります。



















                                                      下半分が、黒田の石垣




                                                     中津神社

西南役中津隊の碑

                                                      中津大神宮




        金比羅宮、鉄御門跡、城井神社
城井神社

                                                      奥平神社




天守内は、奥平家歴史資料館として公開されています。


                          天守最上階です

                          天守より、中津市街を望む

                          中津川、周防灘方面を望む














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